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お前はどれだけ城に出仕しないつもりだ、といった言葉で始められた文は、それだけで目の不調を訴えたくなった。
また性懲りもなく寝返る気か、と続いたので、何故だか耳も痛くなる。
松永にとって黒禍たる信長は見ている分には楽しめるが、口を出すにはかなりの熱量を要する相手であって、
仕えている以上避けられない出仕をよくこうまでかわしてきたものだと内心で自分を賞賛していると、文の続きに目が行った。
さなぎはすでに 来ている
「……全く。」
向こうも知恵を付けてきたことに嘆息し、文を近くの篝火へ投げ入れた。
さなぎとは信長方による手鞠の呼び名で、何ということはない、帰蝶たる濃姫が世話を焼くからさなぎなのだそうだ。
自分の周囲は大方が手鞠だが、地方が移ればまた別な呼び名を付けられているのだろう。
「…実に久しいな。」
結局やってきてしまった安土城の敷居を跨げば、奥の本堂を歩いていた信長と運悪く鉢合わせした。
さすがは凶方、そうくるかと思いつつも歩みは止めない。
「いやはやお久しい、第六天魔王殿。」
「…ずいぶんと大儀そうよのぉ松永。
また反旗の風向きを計っているのではあるまいな。」
「風切羽を撃たれた烏が風を計れるとでもお思いか?」
「高く飛びすぎた故の業よ、しばし地面を堪能せぃ。」
ふ、と目を伏せて苦笑し、承諾したように右手を仰がせた。
途端。
「――松ちゃん!!」
足音すら聞こえない速度で何かがこちらへ飛び込んできた。
それなりに予想はしていたのでさして驚かずに腰元に抱きつくそれの頭に手をかける。
「さなぎ!
外へ出ちゃいけないと言ったで―――…あら。」
後を追うように駆けてきた濃姫の視線が松永で止まり、次いで信長の方で止まった。
「お珍しいわね。」
「これはこれは。
お探し物でもおありかな。」
「ええ、少しお探し者なの。」
ちらりと松永にしがみついたままの手鞠と目を合わせたので、松永も下へ視線を落とす。
普段であれば喜び勇んで濃姫へ飛びついて行くというのに、こんな反応しかしないということは。
「…何日になるのかね。」
「三日……閉じこめられたのは二日。」
こっそりと誰にも聞き取られない声で呟くと、なかなかだなと返された。
生来世話が好きな濃姫は唯一の女子であるお市が嫁いだ今、その熱量を一身に手鞠へ注いでいる。
遊子のため出会える可能性は低く、おまけに少しの間しか滞在しないともなれば、自然と手鞠をここへ縛りつけたくなるのだとか。
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