松永久秀 | ナノ


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当てのない旅人、放浪人、まあつまりは遊子である手鞠の性格からして、負の感情に苛まれることはめったにない。
遠い昔に捨ててきたのか、はたまた天性に持ちえなかったのかは松永には検討がつかないが、前者ではないかと薄々感じていた。
そんなわけで。



「………」



ひどく頭を垂れて、自室の縁側に伏せっている手鞠の姿がどうにも気にかかる。
見れば周囲の空気はどよんと鈍く、重たい色をしていた。



「…いつものあれかね。」



独りで落ち込んでいる者には積極的に突き落とすか無視を決め込む松永も、まあ特例というものがあるらしい。
手鞠は丸まったまま小さく肯定する。
知っての通り普段気を滅入らせることが全くないので、逆に落ち込んでいるときはその原因が絞りやすいとも言える。



「…気持ちは分かるがね。
いや、分かってしまうのもどうかと思うが。」



むくりちょ、と悲しげな顔で身を起こす。
だって、だって、と言葉にならない感情を幾つか漏らした後。





「大好きだった遊郭のお姉さんが身請けしちゃったんだよ…!」





うわあああと泣きながら飛び込んできた体を甘んじてそのまま好きにさせておく。


「身請けは良いけどっ、良かったけどっ、何かこう…ね!」

「確かにあれほど言葉にし辛い感情もあるまい…」



本を正せばしがない独占欲と分かってはいるけれど、決してそれだけではないことを認めたいようなそうでないような。
そんな感情がぐるぐる巡る感じがすると手鞠は言う。
多分これ以上分かり易い言葉も、分かりづらい言葉もないだろうと松永は思った。



「よい女郎だったのか。」

「気立てが良くてねー、でも垢抜けない感じが何ともなお姉さんだった…」

「ほう、それはそれは。」



もちろん手鞠が遊女を買うわけではなく、国一の遊女の護衛等を頼まれた際に顔見知りになった相手の元へ遊びに行く形に過ぎない。
それでも外へ連れ出してくれる手鞠がいい気晴らしになるのか、向こうも満更ではないらしい。
何とも羨ましい立場だ。



「卿の女子好きはどこからきたのかね。」

「松ちゃんの血かなあ…」

「物議をかもすようなことをさらりと言うのはよさないか。
まあ私の経歴も中々なものがあるが。」

「いつか勝負しようね。」

「受けて立とう。」


 

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