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「久秀殿、文は。」
「いや、すでに持っている。」
久々に帰った自邸の自室にて、偶然鉢合わせした飛脚から直接受け取った文を開いた。
ようやく煩わしい寒さも消えたことをどう相手に気取られぬよう伝えるか、そんなことを考える。
しかし。
「……おや。」
中に入っていたのは見覚えのある紙。
中央に穴が開き、数行の指示が書いてある。
ただその穴が幾分広い。
小さく笑みながら立ち上がり、指示に従って部屋を出た。
廊下を歩けばもう冷たい風は入り込まず、穏やかな陽光と鳥のさえずりが聞こえる。
一番東の廊下を通る。
中庭に面した廊下の中央に立つ。
そこから犬の方角を向き、一歩前へ進む。
そうして紙を目線の高さに掲げると。
「……春だな。」
いつぞや、共に美しい桜を見つけた山から持ち帰った黒く巨大な黒石。
すっかり庭の一部と化していたその石のくぼみと覗き込んだ円のふちがぴたりと合う。
そしてその中に、丸まって眠る懐かしい姿があった。
口角を下げずに、けれど何も口に出さず静かに庭に降り立つと、ゆっくりその石へ近づいた。
それでもこの体躯はぴくりと反応し、まぶたを震わせるまでに至る。
「…ん……ん?
松ちゃん…?」
ぼうっと開いた瞳に、己が映ったことがまざまざと伝わった。
「まだ寝ていたまえ。
今三千世界の鳥を殺してきたところだ。」
「ここに生き残りがいるよ…」
そう言いながら目をこすり、むくりちょと起き上がる。
向こうの暑さに飽きたかね、と問えば、食べてしまったからと答えた。
「ん?」
「春を食べちゃったら、行かなきゃなあって思って…」
サワラは魚に春って書くんだよ、と寝起き口調で呟いたので、彼女がどんな春を口にしたのか理解した。
何を捨ててきたのかも。
「私はまだ口にしていないな。」
「何食べる?」
「桜餅程度なら用意出来るだろう。」
そう言いながら、ゆっくり踵を返した松永から、何か聞き慣れた音が響いた。
涼やかで、透明で、そう、「しゃらん」と。
それが何だったか、誰にあげたものだったかを思い返して数秒、すぐに全てが繋がった。
「あー…そういうことか…」
「何か言ったかね。」
「ううん。
松ちゃん冬の間何してた?」
「そうだな…刀狩りといった所か。」
「それ次は一緒に行く。」
「ほう、珍しいな。」
好きにしたまえ、と進んでいく背中の後ろを歩きながら、好きにするよと呟いた。
――――――…
その頃。
「ぐぉお…あいつが九州から送ってきた酒、強すぎやしねえか…」
「いや、なかなかの美酒ですぞ政宗様。
ご友人は大層な目利きですな。」
「この程度も飲めないのか、情けない奴だ。
返事の文にはうまかったと書いてやったぞ。」
「けなすか情けをかけるかどっちかにしろ孫市…」
そんな越冬。
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