松永久秀 | ナノ


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『この島の最北端へ移動し、牛の方角へ体を向け三歩下がる
その位置から目線の高さに穴を覗く』





「……何だろこれ。
最北端?」



きょときょと辺りを見渡し、あっちか、と起き上がった。


最北端は幾らも走らないうちにたどり着いた。
妙に北の方角へ出っ張っている崖があり、そこへ指示通りの位置に立つよう心がける。





「えーと牛の方角…三歩……と。
こんな感じかな。」



おおよそ指示に従って文に開いた穴を目線の高さに持ってきた。
ゆっくりそこを覗き込めば、遥か海上に浮かぶ小柄な島が視界の穴にきっちりと収まった。
思わず声が出た。



「へー松ちゃんあの島に来てるんだ。
すごいなー。」



紙を外したりのぞき込んだり、途中でなぜこのようなことが出来るのかふと不思議に思って、気にするだけ無駄なのでやめる。
試しに手を振ってみたけれど、島よりずっと手前にある小舟のおじさんが手を振り返してしまった。









夕方。
結局あのおじさんに穫れすぎた魚を何匹かもらったので、じっちゃんにあげに行くと夕げに誘われた。





「こりゃよかサワラじゃのお。
しっかり脂がのっとるわ。」

「サワラ?」

「おまはんが持ってきた魚よ。」

「お前知ってっか?
魚に春って書いてサワラなんだぜ!」



箸を箸として使わないまま一緒にご飯を食べていた武蔵が得意気に言った。
へーと試しに手のひらに指で書いてみる。
鰆。





「その名の通り、春に脂がのる魚よ。
ここん所のお天道様の機嫌がよかと思えば、もう春とはの。」



早か早か、としみじみ呟くじっちゃんに、箸をくわえたまま頷いて見せる。
春食ってるなんて変な感じだと、武蔵がぼやいてご飯をかっこんだ。





「いかんいかん、おてま、おまはんにまた伊達から文が来とったわ。」

「あーありがとう。」



「今回はほれ、これに結んどったで。
何ちゅう枝言うかは分からんが。」



ずい、と小さな花瓶に入った枝を一緒に見せてくれた。

思わずあ、と声が出る。
桜の枝だった。



「桜かー…」

「これが桜?芽しか出てねーし全然桜餅っぽくねーじゃん。」

「たわけ、桜の葉を使うから桜餅じゃ。
実になるわけがあるか。」





桜が好きなのは誰だったろう、松ちゃんだったか、慶次だったか。
それとも別の誰かかな。
芽吹いた枝が届いたんなら、きっともう蕾がついている頃だ。

この冬が長かったのか短かったのか、あまりよく分からない。



「おてま、文ば出すなら紙漉きがいらん紙をやるっちゅうてたぞ。」

「うん、んー……もういいかなあ。」

「ばっはっは、手紙ごっこも飽きたか。」



そうかもなーと笑いながら借りていた筆と墨入りの筒を返そうとした時、ちょっとだけ手が止まった。





「じっちゃん、やっぱり一枚だけ紙ちょうだい。」



 

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