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「…久秀殿…件のご友人からの文…かと思われるのですが…」
「何だ。」
「いえあの………置いておきます。」
物見遊山か逃亡か、といった理由でちょっとした離れ小島に来ていた松永に、いつも通り部下が文を持ってきた。
そしていなくなった。
あれからの文が届くのはいつも夜更けだ、と大した発見ではないと知りながら少し笑む。
一体何を以てして部下が逃げたのか、文を開いて数秒で理解する。
「随分と情熱的なことだ。」
喉奥からの笑いを抑えつつ、赤い液体で書かれたその文字を見つめた。
さして字の質にこだわりはしなかったと見えて、ほんの二三行で終わっているが。
「墨がない…とは違うな。
朱を用いようとしたが血を使う……成る程。」
無いのは、「色」か。
「…あの性分には耐え難いだろうな。」
ふと顔を上げ、庇を外して外を見た。
黒々とした海の向こう、月明かりさえ照らさないその先に、南の九州は存在している。
行くのは決して不可能ではない。
「……耐え難い、か。」
――――――――…
「お、おぉおい冬の子ー…!」
「んー?」
「お前っ、な、何ちゅうもんを…!」
ほとんど投げ出されるか叩きつけるかされるように渡されたのはいつもの文。
ただしそれは、黒ずんだ赤い紙だった。
物凄く見覚えのある赤色。
「……わーお。」
「の、呪いかぁ!?」
「うーん…遊び。」
「んなもんで遊ぶな!」
ひー!と喚きながら次の届け先へ走って行ったいつもの飛脚へ、ごもっともですと頷きながらまた屋根の上で寝転んだ。
赤い紙は開けばぱりぱりとくっつき、当然一文字も書かれていない。
「これはどういう意味かな…色がものっそいあるってことだから…あ、『こっちはお姉さんいまくり』ってことか。」
うらやまー!としばらくその場を転がって、べしべし文で屋根を叩いた。
けれど不意にいい具合の木陰から体がはみ出してしまい、天を仰いだ瞬間即座に目が太陽光の洗礼を受けた。
思わず叫んで木陰にひっこむ。
「う…なんか最近お日様の力が強い…。
てか私『今どこにいるの』って文に書いたのに、これじゃあ何の返事にも………ん?」
眩しさを遮るために持ち上げた赤の文の隙間からまた白い紙が落ちてきた。
どうやら血染めの紙を二枚くっつけ、その間に入れ込んでいたらしい。
赤い物をほいと手放してそれをまじまじ見てみれば、中央に小さな穴。
その下に松ちゃんの字で指示のような物が書かれている。
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