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そして数日後。
「今日は何を狙って来やがった!」
「落ち着きたまえ、今それを考えている。」
案の定襲撃を仕掛けてきた松永と、かなり押されている自分達の図があった。
こうなることが想定内だったことが多少悲しい。
しかし孫市達の手助けもあり普段ほど兵は傷ついていないし、まだ奪われた物もない。
それでも目の前の梟は顔色一つ変えず、何か遠くを見つめているようだったが。
「……今日は引き上げるとしよう、気が静まってしまった。」
「二度とくんじゃねえ!」
ようやく発されたその一言に、内心安堵がにじみ出たことは否めない。
降ってきた雪に感化されたのか、それともいつもの気まぐれか、らしくないとも言えるほどの簡潔さをもって進行をやめた。
何にせよ向こうが背を向けたので自分も刀を鞘へおさめた、直後。
しゃらん
体のどこかで、あの赤い欠片が涼やかな音を立てた。
なぜか一瞬時が止まったような感覚に陥り、ふとそれを取り出してみる。
しかしそこにはいつもとさして変わらない、透き通ったそれがあった。
「…それは硝子、か?」
不意に聞こえた声に顔を跳ね上げる。
すると今まで背を向けていた松永が、意味深にこちらへ振り向いていた。
「ああ?こいつは俺のダチから貰ったもんだ。
おっさんにゃ関係ねえ。」
「………それもそうだ。
いや、間違ってはいない。
しかし卿か…ふむ成る程。」
ゆるりと顎を一撫でし、笑みでも浮かんだのかそうでないのか、口元を覆うように隠す。
そうして喉奥で静かに笑ったかと思うと、後ろで組んでいた手をほどいて鞘から厳かに刀を抜き取った。
「…気が変わった。
やはり卿の皮を少々剥がさせてもらうとしよう。」
「っ、俺の刀に興味はねえとさっき…」
「竜の爪など今となってはどうでも良い…それは変わりない。
何、卿ならご存知のとおり、ただの気まぐれだ。」
「何となく卿を痛めつけたくなった、理由としては十分だろう。」
言い返すために開いた口よりも早く、遥か右手の方向から爆発音が響いた。
しかしそれは聞き慣れたこの男の物ではなく。
「あの狼煙では、卿の雇った助力屋は良い働きをしたらしい……自軍としてはそれなりの痛手だ。
だがそれも些末なこと。」
「!」
突如目の前に現れた刀身へ反応した直後、甲高い音を立て、己の刀が弾かれた。
決して強大な力など秘めていないであろうその体からなぜそれだけの力が生まれるのか、長年の経験と技術だとでも言うのだろうか。
「何かを手に入れるには何かを犠牲に……いやよそう、つまらない妄言だ。」
「ってめぇ、何を…!」
「卿の知り及ぶところではないよ。」
閉じゆくまぶたが、歪な笑みを捉えた。
「ごきげんよう。」
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