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「毎度思うのだが、卿に友人はいないのかね。
いつ来訪しても卿と右目と有象無象が相手ではさしもの私も飽きがくると言うものだ。」
「その言葉そっくりそのまま返してやるよ…」
そう言い終わるが早いか、松永の指鳴らしに続いてまたどこかが爆発したので、大層な叫びが聞こえた。
――――――…
この日はまだ雨だった。
すでに寒さは身を切るほどだというのに、まだこの滴る粒は氷へと姿を変えない。
あれなら何と言うだろうか、と考える。
きっと雨も気づかないうちに降ったから、実は透明なまま雪になったんじゃないかな、そういった感じか。
どこか近くでそう呟かれたような気になり、何気なく手のひらを曇天へかざしてみるも、いたずらにそこを濡らすだけだった。
そう言えば手鞠は傘を持たない人間だったことを思い出す。
元から所有物などあの背負っている槍以外には無きに等しいが、あれは例え雨に降られてもそのまま打たれている人種だ。
そうしてさっさと雨宿りの出来る場所を探し、外と衣類から水気が去るまでそこにいる。
だから雨の日は手鞠が止むまでここから出て行かないと確信が持てる唯一の日で。
(やぁあめふらし、宿をお探しかな?
それとも嫁を連れて行くか?)
(私としては後者なんだけども)
雨が嫌いでもあめふらしになれるかな、とおどけて笑った。
いつの日か雨の匂いをかぎ取ってさっさとここまでやってきた手鞠が言ったことだ。
(びっくりしたよ、すぐ目の前で雨が降っていて、でもまるで仕切りがあるみたいにそこからこっちは降っていなくて)
(天気雨の一種か)
(そうだね、たくさんある何かの一つだと思う。
濡れなくて良かったと雨雲をからかったら、凄い勢いでこっちに雨が迫ってきてさ。
ああびっくりした)
通りで手鞠が屋敷に駆け込んだ直後に大雨が襲ったわけだ。
「たくさんある何かの一つ」とは手鞠が好む言い回しで、正体の分からない物は大抵がこれに当てはめられる。
名の知らない獣もたくさんある何かの一つで、真夜中に鳴る奇妙な家鳴りもたくさんある何かの一つで、恐らくは手鞠自身も、たくさんある何かの一つなのだろう。
この言葉の、つかみ所のなかった存在の首根っこを掴んで勝手に何かの枠に押し込める感じが、自分も気に入っている。
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