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「じゃー松ちゃん。
また春ね。」
「卿の息災を祈っておこう。」
秋も半ばを過ぎ木枯らしが吹き始める頃、手鞠は南へ向かって降下を始める。
毎年繰り返されることなのでさして感慨はなくとも、長く戻らないことを知っている別れは多少惜別がある。
寒さを手鞠が何よりも気にするということは、それが彼女の本能にとって最も危険な物に位置するのだろう、と松永は考えていた。
渡り鳥、それも葱ではなく槍をしょった。
鼻歌混じりに軽やかな足取りで歩き出した手鞠の背を、微かな微笑を持って見送る。
もし次の刹那にこの世が終わりを迎えたとして、その足取りは変わることなどないのだろうと思うと、自分の中の芯の一つを失ったような空虚さが広がった。
(私も昔は卿のように各地を行脚したがね)
ある日自分の座した小机の下に潜り込んでいる手鞠にそう言ったことがある。
(卿ほど怖いもの知らずではなかったよ)
(そんなことないよ)
(いや?
物事にまず足から入る卿に比べれば、深見を恐々覗いては笑うだけの私など小物だろう)
(じゃあ松ちゃんは怖いもの見たがりだったんだね)
皮肉を交えても通じなかったことより、その一言がやたらと脳の一部にしっくりと収まったことに驚いた。
見たがり、そのとおりだ。
藪をつついて蛇を出したがる自分と、その蛇を追いかけたがる手鞠とで。
怖いもの知らずと怖いもの見たがり。
(何も変わんないね)
ああ、本当にそうだと思う。
――――――…
「だああから冬になると暇つぶしに俺ん所を襲撃にくんなっつってんだろうがおっさん!!」
「何も聞こえないな。」
その言葉の直後にどこかで爆発音が響き、またどこかの竜が叫びを上げた。
全く騒々しい相手だと、到底自分から襲撃に行った人間が考えてはいけないようなことを考える。
「今日は何を狙って来やがった!」
「落ち着きたまえ、今それを考えている。」
「ぶっ殺すぞてめぇ!」
別段わざわざ奥州まで足を運ばずとも良かったが、適当に攻撃する相手としては今のところ適任なので狙っている次第だ。
滅多に応援が来るわけでもないのだし。
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