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「卿が彼の姫君の目を引いていたのでね、ずいぶんと容易かった。」
「でも松ちゃん前に、信長さんからだけは奪いたくても奪えないって言ってたよ。」
「状況が変わったのだよ。
ここの出仕に消費した熱量は友と出会うという見返りで補えば、差し引き零にはなるだろう。
しかしそれでは私は何も得ていないのでね、無駄打ちと空回りは何より好かない。」
「本音は?」
「割に合わない戦を命じられたので非常にむしゃくしゃとしている。」
「松ちゃんはびっくりするほど素直な人だよね。」
うんうんと頷きながらもう一度松永を見上げた時、その姿が去る様子を見せないことに気づき首を傾げる。
むしろまだここから逃げていないことが不思議だ。
「この私の熱量を悪戯に消耗した人間へ何の報復もしないと、卿は思うかね?」
「盗んだのは?」
「言っただろう、これは私の趣味だ。
ささやかで健全な、他愛のない。」
そう言った直後、手鞠の鼻が微かな異臭をかぎ取った。
焼け付くようなすえた、非日常の匂い。
目の前に佇む存在にとってみればさして珍しくない破壊の芳香。
燃えている、どこかが。
「私は私が認めた生物以外がこの熱量を食い漁ることを嫌悪している。
例えそれが神であろうと……魔王であろうと」
さて、とゆるりと顎を一撫でして、見上げる手鞠の視線と噛み合わせた。
「逃げ道は確保し、手段もある。
見張りの兵も不足の火事によりずいぶんと減った。
しかしまだ私一人を阻む程度の数は残っているだろう。」
「つまり?」
「私には『共犯者』が必要だ。」
悪魔のように優しく微笑む。
力など合わせる必要はない。
互いが好きなことを好きなように行えば、いつだって望み以上の罪が手に入る。
自分達はそういう存在だ。
「共犯者は昔から恋人か友人と相場が決まっているが、生憎私は一人しかいないのでね。
卿。」
そうして小さくおどけるように、口元を釣り上げた。
「卿は私の友人だろう?」
手鞠はしばらくその顔を見つめていたけれど、やがて浮かべた空恐ろしいほどの真っ白な笑顔に、一握りの悪意をぶちまけた。
「そうだとも松ちゃん。」
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