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「けど一着くらいは絞らなくてはね。
どれが良いかしら…」
「…帰蝶、こちらですか?」
ふと何の気配もなく、手鞠にとってはあまり聞く数の少ない声が廊下から聞こえた。
確か光秀と言っただろうか。
「光秀?
何かあったの?」
「いえ、信長公の蔵から人の気配がしましてね…。
見てみれば幾つか収集物が無くなっているらしいんですよ。」
「上総介様の品が…!?」
「ええ、生憎今は信長公も謁見中…今一度不足を確認していただきたいのですが。」
「今行くわ。
手鞠、部屋でお留守番をしていて頂戴。
決して外に出ては駄目よ?」
「うん。」
忙しなく駆けていく濃姫をひらひらと見送り、遠ざかる足音を聞きながら息を吐いた。
体を広げて色とりどりの着物が広げられた畳へ倒れ込む。
濃姫はまだまだ帰す気も無いらしい。
部屋の隅に立てかけられた槍を寝転がりながら見上げると、逃げ出したい気持ちがむっくり顔を出す。
「でもここ見張りが多いんだよなあ…」
強行突破で逃げ出すにもこの城は毎回分が悪い。
この衣装選びがなければここにいるのは楽しいのに、と嘆息してごろごろとあちこちを転がっていると。
「借りてきた猫がおとなしいというのは本当だな。」
「…………」
「卿?」
「松ちゃんが逆さまに見える…」
「卿だ、卿。」
寝転んだ顔を持ち上げて真後ろに立つ松永を見たので、ぐりんとその姿が逆さまに映った。
頭のてっぺんが痛くなるのでぺちゃりとうつ伏せれば、これでは逆に顔が見えないじゃないかと発覚。
「世の中は不条理だ…」
「なぜそう悟ったのかを尋ねるのは賢明ではないと、私もいい加減学習したがね。
さて。」
仕方なくまた寝返りを打ってこちらに顔を見せた手鞠の、辺りに散らばる色鮮やかな着物を見渡す。
「相当着せられたと見えるな。」
「うん、一着くらいは自分のを選びなさいって。
ほらこういうのとか。」
「いらんな。」
「あれー。」
試しに渡した着物が雑草より簡単に投げられた。
良いものらしいのになあ、と寝転んだままぼんやり思った所で、ようやくなぜ松永がここにいるのかが頭を過ぎった。
が。
「…松ちゃん、その左手に抱えた箱何?」
「いや?
私の趣味だと言えば卿なら分かるだろう。」
「盗ったの。」
「拝借した、のだよ。」
それを聞いて、ようやくむくりちょと体を起こした。
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