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手鞠が一所に長くいないのは嫌というほど実感しているので、三日間同じ場所に引き留められることがどれほどのことかは容易に想像がつく。
「もう、着替える最中で飛び出して。
女の子がそんな服を着るべきじゃないわ、こちらにいらっしゃい。」
「このままでいい。」
こら、と一歩近づいたので後ろ手を組む松永の背後へ隠れた。
別に着ている小袖自体はおかしなものではない。
半股は脚を出しすぎると指摘したとしても、それは濃姫が言えたことではない。
ならば小袖の黒色のことをさすのだろうと、ゆるり背後の手鞠を見下ろして思った。
「…濃、さえずるな。」
「!
申し訳ありません…」
「まあ、魔王殿の妹君が嫁いだ今となっては気持ちも傷み入ると言うものだ。
そら。」
「うわあっ。」
べりっと背から手鞠の体躯を引き剥がし、濃姫の腕に抱かせた。
じたばたともがくもそこはやはり好き者の感覚が残っているので、抱かれればそのうち大人しくなる。
「ありがとう。
さあさなぎ、部屋に戻りましょ。」
「ううー…」
その様子に、信長の視界には決して入らない方へ向けて含み笑いをした。
「…浮き草など掴めぬ物を捕らえようなど、やはり女よ。」
「賢しきは過ぎれば毒、良いことではないかね。」
「浮き草を撒き餌にされた貴様の言えたことか。」
この眼光も浮き世の闇では慣れたもの、と毒そのものの当人は肩を竦めてみせるだけで返した。
―――――――…
「お、わった…」
夜入り近く。
気を使ったのか慣れない着付けの動きからか畳に膝をつく手鞠の姿があった。
逆に、隣ではるんるんと濃姫が着せ終えた衣類を鼻歌交じりに畳んでいる。
「やはり着物に優るものはないけど、色を変えれば小袖も良いわね。
薄紫や黄緑のような変わった色も面白いかしら。」
「別の日にしてね、別の日にしてね。」
「ええ、それまでに色々な小袖を揃えておくわ。」
ぐさあ、と見えない巨大な矢印が自分の心根に刺さる音がした。
他の全ては何だって良い分、背の槍と衣服と、好きな場所へ行くことだけはかなり強い執着があるとようやく少しだけ理解してもらい、今日から着替えさせられることはどうにか回避したのに。
松永殿と似てるわね、と言われ、一瞬何のことか分からなかった。
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