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……嗚呼、嗚呼、何とも、まあ。
素晴らしく美しく、酷な言葉であることだろう。
わたしなんでもしてあげる。
居場所はここだと、ようやく自分に認めさせたはずなのに。
どうしても人には欲望が頭をもたげるのだ。
さらりと笑顔でこんなことを吐かれてしまうから。
そしてこれはきっと必ずその通りにしてくれることを、知ってしまっているから。
「お姉さんどうしたの?
やだなあ、もう。」
せっかく少しのお別れなのに、と笑って顔を覗き込み。
「そんな苦虫を噛み潰したような顔、しちゃやだよ。」
このまっさらな織物のような悪意を、私はこよなく愛でているのだと思う。
――――――――…
「夕焼ーけこやけーのー、赤…赤…」
「蜻蛉だ。」
「赤とーんーぼー。」
日はすっかり沈み、街は入り日色に包まれた。
かといって急ぐ家路があるわけでなく、待つ者がいるわけでもない。
「あ、松ちゃん敷地貸してくれてありがとう。」
「何、易い。
見返りは卿の時間で構わないが?」
「はて何のことやら。」
「新しい刀を手に入れたのだ、自慢させたまえよ。」
「…分かったよー。」
仕方なしに来た道を戻るように駆け出した手鞠を、気分良く馬で追いかけた。
着くのは夜半か、帰り道は多少薄暗いだろう、といった考えが頭を過ぎると、口元が自然と戸惑いで笑んだ。
これが一体どこに帰ると言うのだろう。
少なくとも自分の居る場所でないことだけは確かだった。
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