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そう告げれば向こうは丸まると目を見開いて。
「…手鞠、あんた普段からこんな人といるのかい。」
「うん、友達。
松ちゃんの言葉は九割くらい流した方がいいよ。」
「失敬だな。」
生きてる気がしないよ、と嘆息する姿に手鞠がからからと笑った。
「でも鈴お姉さんのお店の周りはいつも綺麗なのにね。
そんなに外の国が見たかった?」
「あんな色とりどりの提灯、何が綺麗なもんか。」
「綺麗だよ。
夜は部屋の行灯も綺麗だし、障子ごしの色蝋燭も綺麗だし。」
「あんたとは趣味が合わないさね。」
「あれー。」
あしらわれる姿に笑いを誘われた後、足場が石だらけの不安定な峠へとさしかかった。
手綱を握る手に力を込めるのと同じくして、馬が寄ってくることを避けた手鞠が一歩前に躍り出る。
その髪が風に遊ばせるようにたなびいていた。
翻る黒い小袖、規則的に動く白い半股から伸びる脚、小刻みに揺れる背の槍。
それを見ているのが自分だけでは無いと気づいた時、その当人の耳元へ口を近づけた。
「…遠くを見たかったわけでは無いのだろう?」
は、と横向だった顔がこちらを向く。
蹄が数々の石を蹴り上げる音が大きく、手鞠には声が届いていないようだ。
「…旦那は奇をてらうのがお上手で。」
「外を見たい、遠くへ行きたいと言うのなら、卿はもっと利口な手段を取れたはずだがね。」
呼出の地位は飾りではないだろう、と促すも、口は未だに一文字のままだ。
けれど視線がこちらに向いたことは逃さない。
「卿があれから逃げている所を私も見ていてね、何を話したかは知り得なかったが、その分表情はありありと分かった。」
全て見えていた。
嬉々として追いかける手鞠の顔。
一瞬獣の瞳にはまり変わる手鞠の顔。
捕まえた瞬間の無邪気な手鞠の顔。
そして捕まった際に笠を外した、その女の顔。
「卿は、笑っただろう?
ずいぶんと嬉しそうに。」
それだけを放つと、結ばれていた口元が不意に緩み、わずかな震えを見せたかと思うと。
どこか諦めたように、笑った。
「見られてたんじゃあ、ねぇ…」
相手の悪い強情でありんした、それだけ呟いた。
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