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そうなってしまっては離れがたい、と言いながら、手鞠の首を己の体へ押しつける手を離そうとはしない。
じんわりと自分の髪が松永の着物を湿らせていることが手鞠にも伝わった。
このまま共に凍ったらそれは確かに面倒だ。
そんなことが万に一つもないと、知っていたとして。
「春になったら溶けるから大丈夫だよ。」
「…それもそうだ。」
ぶらぶらと投げ出された自分の足で遊ぶ手鞠。
膝上までの丈の半股はやはりどうにも寒そうで、同時にそう考えた自分へ年齢を感じた。
「卿は今の伴侶達へどのような言葉で告白をしたのかな。」
「それは聞いた人だけのものだよ。」
「そう言うな、卿の甘言は嫌いじゃない質でね。
私にだけくれないということもないだろう。」
「あげないよ。」
あはは、と笑んで松永の体にぎゅうぎゅう寄りかかった。
「松ちゃんにだけは、言ってあげない。」
しばらくその言葉に松永の体が硬直したが、気づいたのかすぐに戻った。
「………確かに良い甘言だな。」
「でしょでしょ、これおすすめ。
真顔で言うと誤解されちゃうけど。」
「なる程、扱いが難しい。」
それからそのままの位置で国の女性の話を散々交わした後、ふるりと寒気が走った手鞠が伸ばしていた足を抱える。
「冷えた。」
「髪を乾かし切らなかった報いだな。」
「松ちゃんの服もみちづれにしたはずなのに。」
「私はきちんと暖を取っている。
卿という名前だが。」
「理不尽な、全くもって理不尽な。」
「一句出来たじゃないか。」
「やったね。」
それでも体から熱が逃げていく気配は無く。
そう、手鞠が来た際にこの狭い部屋で話すのは手に届く位置に欲しいものを置ける利点と、温度調節が容易い利便性を好んでいるからであって。
こうでなければ意味が無い。
「存外容易く火鉢から略奪出来たな。」
「お前さまー。」
「何、昔の男のことなど忘れさせてやろう。」
「私お姉さんにその台詞を言うのが夢なんだ。」
「確かに卿では難しいだろうな。」
外の木枯らしが効いてか、湯上がりの暖かい温度を気に入ってか、珍しく手鞠がどこへも動こうとしない。
本格的な冬が来れば遠い遠い地へ逃げてしまう性質を持っているので、これで終いだろう、いやまだ次があるか、と考えてしまう。
「卿にも伴侶がいたとはな。」
「えへん」
「しかし今時は何人も妻を持つのは流行らないらしいが。」
「え、それは困る。」
自分の知る範囲で伴侶にするなら誰にするか、と松永に尋ねられ、たっぷり時間をかけて悩んだ結果。
「だったら松お姉さん。
お市お姉さんは友達で、濃姫様は本当のお姉さんにしたい。」
「私は?」
「松ちゃんは愛人。」
声を出して笑ってしまった。
はじかれるとばかり思っていたが、よもやそのような位置付けをされるとは。
「…松ちゃん震えてどうしたの。
怒ってるの?笑ってるの?」
「…安心したまえ、後者だ。
確かに性に合っている。」
「でしょ。」
ふふーと笑う当人はさして気にしていないらしいが、付き合うのは、お忍びで会うのは、と連ねる存在に、男は他に一人としていないという事実を。
今日は口に出さず、美味しく飲み込んでおくことにした。
「こう見えて私は嫉妬深いらしい、愛人にした際は気をつけたまえ。」
「私は分け隔て無く大事にするから大丈夫。」
「何とも嘘くさいな。」
「本当だね。」
あはは、とあげた笑い声が外の木枯らしと重なる。
濡れた髪先と服とは未だ、凍りだしてはくれないようだった。
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