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「卿には火鉢の見張りを頼むとするか。
なに、夫婦なら酷ではないだろう。」
「きゃー二人っきり。」
「お熱いのは良いが部屋は燃やさないでくれたまえ。」
「善処する。
松ちゃんお話長いの?」
「今日は最短の記録に挑戦しようと思うのだよ。」
「すごいキメ顔で城主あるまじきこと言ったね。」
頑張ってねー、とひらひらの手のひらを贈られ、笑みを浮かべてその部屋をあとにした。
「実に有意義な顔合わせだった。」
そして戻って来た。
「松ちゃんはやー。
まだ一つの半分くらいだよ。
多分。」
「易いことだ。」
恐らく談合の相手はかなりの重圧と強行手段を与えられたに違いないが、部屋に座した松永はたいそう涼しい顔をしている。
そうしてそのまま相変わらず火鉢にくっつく手鞠へ視線を移した時、先ほどよりもその髪が深い色合いになっていることに気がついた。
「…湯殿へ入ったのか?」
「あ、うん。
火鉢の炭を替えにきた女中さんが火消し壷をひっくり返しちゃって灰だらけになったから。」
女中さんに無理やり入れられた、とだけ言って、また火鉢を抱え込んで顎を乗せた。
試しにその髪へ指をかけるとするする滑り落ちる。
まだ幾らか湿り気があった。
「……」
「わ、」
無言で手鞠の腰をさらい膝の上に鎮座させた。
嫌だというように剥がされた火鉢へ伸ばした手をすくい取ると、指先から心地いい熱が伝わる。
「髪を乾かさなかったのかね。」
「ちゃんと拭いたよ、全部は乾かなかったけど。」
確かに水が滴りはしないが、力をこめて握ればまだ水滴も出るだろう。
しばらくは腕から抜け出ようともがいてみるも、首を押さえつけられたのが面倒だったのか直に静かになった。
「どうしたの松ちゃん。」
「いや、私とて暖は取りたいのだよ。
しかしその火鉢が卿の物ならば勝手に奪うわけにもいくまい。」
だから卿で我慢しようと思ってね、と何とも押しつけがましい理由で頭の上に顎を乗せられた。
先ほどまで手鞠に抱かれていた火鉢よろしく、すっぽり腕の中に収められる。
今まで火の気の伴侶をしていただけあってか、手鞠の表面は非常にちょうど良い熱を持っていた。
「はは、これはぬくいな。」
「松ちゃん、私の髪まだ乾いてないよ。
着物濡れるよ。」
「そうか、今宵は冷え込むそうだ。
濡れた先から凍るかもしれないな。」
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