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最近よく木枯らしの音が耳に入るようになった。
掠れた口笛にも似たその音を聞くたび、そろそろかと頭をよぎる。
最近仕入れた南蛮の書を置いてぐるりと室内を見渡す。
「ここのところ肌寒いとは思っていたが原因が分かったよ、卿。」
「何々。」
「卿がこの部屋の火鉢に取り付いているせいだ。」
「またまた御冗談を。」
「そう言う台詞回しはどこで覚えてくるのかね。」
手鞠が来ると広くない部屋でくつろぐのは手に届く位置に欲しいものを置ける利点と、温度調節が容易い利便性を好んでいるからであって、それが欠けては仕方がない。
とはいえまた首を火鉢の縁に乗せ、もたれかかるようにその丸い体へ引っ付いている手鞠を引き剥がすのは容易ではなかった。
「顔が焦げるぞ生首。」
「私日焼けってなんかできないんだよ。」
「なぜそこまで軽度の被害しか予測できないのか甚だ疑問だ。」
どこぞに出かけた時に見た、火鉢に寄り添って丸まる座敷猫を思い出す。
ただ目の前にいる雑種の猫は「にゃあ」ではなく「さむさむ」と鳴く。
「火鉢を生涯の伴侶にでもしたらどうだね。」
「………五人目かあ。」
「……待て、初耳だ。」
思わず勢いよく手元の書を閉じてしまった。
手鞠は手鞠で改めて伴侶を指折り数えている。
「…今後の参考に相手を聞いておきたいな。」
「こたつと氷とお姉さん二人に火鉢。
ちゃんと告白もしたんだよ、お姉さん二人しか答えてくれなかったけど。」
「…卿の守備の広さは尊敬に値しよう。」
そして数少ないその二人は返してくれたことを思うと成功率は高いかも知れない。
そういえば去年辺りに女中部屋のこたつに入り浸っていたのはそのせいか、と変な合点がいった。
「…久秀様。
こちらにいらっしゃいますか。」
聞き慣れた部下の声が襖の向こうから聞こえた。
声色から政務関係のことだろうと判断するも、ぺちゃりと火鉢に寄り添う手鞠を見ると一層腰が重たく感じられる。
「私は友と歓談の最中だが。」
「…今日は国の貿易商との談合が入っておりますので。」
「同伴は可かね?
なに、猫の真似でもさせておくが。」
「いや、いやいやいや。
無理でしょう本当に。」
切羽詰まった様子にやれやれと立ち上がると、外でまた甲高い木枯らしが一風吹いた。
全く面白味のない。
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