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「松ちゃんきれいなお姉さんみたいだ。」
「その例えはどうかと思うが…卿にとっての美しさは何が基準なのだね。」
「?
柔らかくて、あったかくて、いい匂いがしたら皆きれいなお姉さんだよ。」
ああ、と妙に納得した。
綺麗な女性のそういった部分が好きなのではなく、それらを持っていれば手鞠にとって全て綺麗な女性になるのだ。
ともすれば世の女の過半数が手鞠から見れば好みの人間なのだろう。
何ともうらやましい。
「…卿は感覚で人を愛するのだな。」
多少小さく呟いたそれが下にいる相手へ届いたのかは分からない。
ただ羨望が微かに声に含まれてしまったことは理解できた。
良い温度、良い匂い、良い感触、良い音、それらは感覚。
もしも、頭で考えることなく本能的に人を好むことが出来るのだとしたら、そこに一切の打算はない。
体が好めと言うから好む、ただそれだけの単純な、迷いも苦しみも伴わない安穏な行為。
「…松ちゃん?」
「……ああ。」
膝上に乗った頭へ置いた手に力がこもったことを指摘された。
詫びて一度はそこから手を離したが、ふとまたそこへ戻してしまった。
人を好きになるということに。
これは何の恐怖も抱かない。
この世で戦いに明け暮れる者共が、どれだけそれを欲しているというのだろうか。
「…松ちゃんはさあ。」
「ん?」
「どうしてあんなにお茶碗とか刀とか集めるの?」
「良い物が分かるというのに、あえて悪い品を集める道理も無いだろう。
集めた品とは私の好み…つまりは私の一部だ。
ならばこの体が欲する物を私は最大限与えようと思っている。」
そう告げると、手鞠はこてんと横を向いた。
聞いていたのか判断はつかないが、それでもそうかあ、とだけ呟く。
「松ちゃんは感覚で物を愛するんだね。」
刹那。
がらりと音を立てて何かが落ちた。
「私は欲しい物があっても、自分になるとは思わないもの。
だから別に、愛しいとか愛でるとかは、ないかなあ。」
そう言って首から下げたあの赤い硝子の破片を持ち上げる。
部屋へ差し込む日の光がきらきらと入り込み、いっそう透明感が増した。
すると松永の手が手鞠の視界を覆うようにその前髪をかきあげたので、わ、と持ち上げていた手を下ろした。
すぐにいなくなると思った長い指を持つ手のひらは、思いの外長い間手鞠の視界を覆っていた。
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