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「じゃあねお姉さん、またねー。」
「今度は鈴姉さん狙い以外の上客連れといでよ。」
「ちったあ皮ごとかじる癖治しんさい。」
「役人の旦那にあんまり気をつけさせちゃあ危ないんだからね。」
別れの言葉と共にぐしゃぐしゃむにむに顔をいじり倒されてる間に、久しくぶりの楼閣を味わった松永も外の空気を吸い込んだ。
冷たく、雑多な雰囲気に埋め尽くされている。
「道中気ぃつけて。」
「おや、また来いとは言ってくれないのかな。」
「…旦那に度々来られたら困りもんでありんす。
女郎に火ぃつけるだけならまだしも、燃やし尽くされちゃお上もわっちもまんまが食えねぇ。」
「悲しいな、いたって善良な役人なのだが。」
「善良な役人様が郭のしきたりを知っておいでか。
初の顔見せでお手つきなし、まあ慣れていらっしゃる。」
さすがは街一番なだけあって、見る目というものがあった。
愉快そうに喉奥で笑い、それは惜しい、とだけ返した。
「それに見られる仕事のわっちらに一度も目を合わせないで、別のものばかり眺めているとくれば、はい左様なら。
当然でありんす。」
そう言われ思わずその目を見てしまった松永に、鈴は殊勝に煙管をくわえて笑ってみせた。
「お気づきでないとくりゃ、ご愁傷様。」
「なかなかな上玉だったな。」
「でしょー?」
自国へ走らせる馬上で思い返す松永と、馬と併走してすたこら走る手鞠。
翻る小袖もよそに本人はいたって機嫌が良い。
「最近の街の風評ではすましすぎない気性が良いのではなかったか?」
「そうなんだよね。
鈴お姉さんみたいなお姉さんが少なくなってきちゃって…」
「…しかし本当に馬に並べたとはな。」
「今さらだよ松ちゃん。」
あははーと朗らかに走る姿に多少馬がおののいているが、気づかない振りを決め込むことにする。
陽が沈むまでには戻れるだろう。
「ずいぶんと楽しそうだったじゃないか。」
「うん。
お姉さん達やわらかいし、暖かいしねー。
だから離れると少し寂しい。」
「同感だ。
人肌寂しいならこの馬にでも乗――」
「いや。」
「……もう少し考えたまえよ。」
「いや。」
「………」
「松ちゃん?
何か馬がやたらこっちに寄…近い近い近い!」
この後接触事故を起こしたので、手鞠はますます馬に近寄らなくなった。
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