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「鈴でありんす。
以後よしなに。」
静かに唇を上げ、他の女郎達との遊びに戻った手鞠の向かいへ腰を下ろして手慣れたように酌をする。
それを杯に受けながら、本当に鈴が同じ室内にいるだけで良いらしい手鞠に多少笑ってしまった。
「いやはや、生きている中でこうまでの女子に出会えるとはね。」
「お上手でありんすなあ。」
「今日は梨で勝負!」
「皮を剥くのにわっちの右に出る者があるもんか!」
「いややわ姉さんったらいやらしい…」
「乗り気で剥きながらお言いでないよ!」
で、なぜか向かいでは梨の皮むき勝負が始まっていた。
「あれの周りの女郎はどの程度のものなのかな。」
「張見世どす。
ちょくちょくあの嬢ちゃんに護衛を頼みますよってに。」
上位三位をはべらせておきながら最上位を狙うとは、見上げるほどの野心だ。
考えれば女の護衛などそうざらにあるものではないし、希少価値の結果といえばそうなのかも知れないが。
「静かなお部屋に移りんす?」
「いや、構わんよ。
女郎といえば活け作りような姿しか知らないものでね、今は良いものを見ている。」
「…あの子らも嬢ちゃんとは、年も離れてないもんで。」
まだ楽しいにちげえねぇ、とぽつりと呟いた。
向かいでは女郎がおかしな客のことを代わる代わる、表情や手つきを変えて手鞠に話している。
そんな女郎につられてか手鞠の表情もころころ変わった。
「卿に楽しみはないのかな。」
「わっちらの楽しみなんざ、旦那のような良い男のお目にかかる程度でさぁ。」
「はは、私も違わない。
美人が酌をする酒がこの世で最も美味い飲み物だ。」
「嬢ちゃんとは飲まないんで?」
「あれは酒にだけは付き合わない。」
「……そりゃあ調度良い。」
耳元を様々な音が流れていく。
軽やかさを装った三味線と、誰かの裾についた鈴の音、小鳥のような女郎のさえずり、手鞠のひそめいた笑い声。
まるでそれらにかき消されるのを望むように遠くから響く街の喧騒。
玩具箱のようだと思った。
手鞠専用の。
もしくは手鞠を閉じこめた。
「……それでね、わっちは言ってやったのさ。」
「うんうん。」
女郎の膝に顔をうずめて、嬉しそうに見上げながら熱心に耳を傾ける。
子どものように大人の話を聞き、大人のように子どもの話を聞く。
時折思い出したように梨を口に含み、また思い出したように膝に寝転がる。
その最中でこてんとこちらに体が向いたとき、自分達は久しぶりに再会したのかというほどの笑顔を見せたので、目を細めて返した。
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