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「もう、秋風が吹いたかと思ったんよ手鞠。」
「お姉さん達久しぶりー。」
「本当によぉ。
あら、こちらの趣のある殿方はぁ?」
「松ちゃん。」
「松ちゃん?」
「うん。
あれ、松ちゃんの名前なんだっけ…松なっもがぁ。」
「何、今これを雇っているしがない役人だよ。」
有無をいわさず片手で手鞠の口を塞いで黙らせた。
しばらくもがく手鞠も、営業的な笑顔の松永を見たのでとりあえずこれ以上は言わないこととする。
「まあ、たくさんの女子を泣かせた空気をお持ちでありんす。」
「ははは、そんなことはないがね。」
「手鞠、二人用の部屋を開けさせるから早に上がりなさいな。」
「あ、鈴お姉さんも呼んでね!」
「ああ、殿方を連れてきたものねぇ。
あい了解。」
そうして案内された部屋に、手鞠は女郎共々飛び込んだ。
なかなか上等な部屋といえども、すでに何度か上がり慣れているのかすぐ奥から三味線もろもろを見つけ出す。
「ねぇ旦那、今日はまたどうして手鞠と?」
「ああ、これが戦で手柄を立てたのでね。
褒美代わりといっては何だが。」
「まあ、手鞠ったらいつわっちを身請けしてくれるん?」
「大人になったらー。」
「いっちょまえな体つきのくせに何をお言いだい、攫ってお店に出しちまうよ。」
きゃいきゃい笑いあっていた時、背後で襖が静かに開く。
何気なく振り向いた手鞠の顔が突如ぱあっと輝いて、光の速さでそこから出てきた者に飛びついた。
「松ちゃんこれ!この人!
ここで一番のお姉さん!」
「『これ』とは何だい、『これ』とは。」
「ほう。」
明らかに他の女郎達とは違う色彩と質の艶やかな着物を着こなし、端正な顔立ちの口元を微かに笑わせた女郎が立っていた。
その容姿と言わず、纏う雰囲気が別格さを表していた。
「鈴お姉さんは位も呼出でね、顔見せとかしない人だから全然遊んでくれなかったの。
男の人連れてきたらまあ同じ部屋にはいてやるって。」
「あんたに取引したのがわっちの運の尽きさね。
こんな上等な殿方を連れてくるとは思わなかったけどね。」
普段から差して障害もなく遊女と遊べる手鞠が、なぜ褒美の場としてその遊郭を選んだのか合点がいった。
取り入りのうまさを多少教わりたくなる。
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