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草木も眠る丑三つ時、ただ地上で人だけが騒がしかった。
攻め入る者達とは裏腹に、攻め込まれた陣営は未だに足並みが揃わず着々と主力を削られてる。
奇襲であった。
「うおお松ちゃん!
風魔がやたら私を攻撃するんだけど松ちゃん!」
「ああ、そう言えば此度の奇襲に卿が混ざったことを伝え忘れていたな。
はてさてどうするべきか…」
「松ちゃん視線が明後日だね!
わざとだね!」
何だかんだで松永勢主力の二人が追いかけっこを繰り広げていたにも関わらず、奇襲はいつもどおり成功した。
なんてことはない、手鞠と風魔の鬼事に巻き込まれた哀れな敵兵が多かっただけのこと。
それでも目的は達したのか新たな骨董やら刀やらが大量に入ってきたことは知っている。
松永の誉められる所が武芸と真贋の才だけであることも。
「袖切られた…」
「忍びもいくつか武器を駄目にされたそうだ、おあいこではないかね。」
彼とあいこを出し合える存在はめったにいないな、と慰めなのか独り言なのか分からない言葉を、畳を転がりながら聞き流す。
肘置きに体を多少もたげてそれを眺める松永も大して気にはしていないらしい。
「卿も貴重な戦力になってくれたことだ、何か褒美をやろう。」
「褒美?」
「忍と同様にはいかないがね。」
あれは相場を知っている、というのが理由だった。
「私褒美とかよく知らん。」
「欲しがれば良いのだ、卿の興味があるものを。」
「きれーなお姉さんが欲しい。」
「…卿の欲は毎度実に清々しいな。
いや結構。」
あてはあるのか尋ねると大層楽しげに頷いたのでそこへ行くこととする。
まあ大体、予想は出来ていた。
「お姉さーん!」
「手鞠いらっしゃーい!」
そして当たった。
以前共に見たステンドグラスとはまた違った風合いの色の波が手鞠の黒い小袖とぶつかってもみくちゃになる。
予想通り、定石通りの遊郭だった。
「さすがに久しいな。」
「そうなの松ちゃん。」
わざわざ隣国辺りまで繰り出す手鞠の行動力と己の腰の軽さはとりあえずよけておき、すぐ見目麗しい女郎の波に呑まれた手鞠を追って入った。
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