▼
「やっぱり暖かいなー。」
めらめら、めらめら。
そんな音は出ていないのに、火事にはどうしてもこの音がよく似合う。
違う、松ちゃんの燃やすものだけ、この音がよく似合う。
見上げるほどに背の高い燃え上がる炎の先端は風のせいかゆらゆら踊って、それはとても嬉しそうに見えた。
めらめら、めらめら。
「樹齢幾百の神木で作られた祭壇か…良いものを見た。
これで政務にも身が入ると言うものだ。」
多分松ちゃんのお屋敷で待ってる偉い人達は気が気じゃない心持ちでいるんだろうなあ、とは思ったけれど、口には出さなかった。
松ちゃんはきっとすごく怖いことをしているんだろうと思う。
私たちは今しか知らないから、どうにかこうにか昔のことを知ろうとして、今あるものを少し先まででも残そうと頑張って。
何か一つのものが長く残れば残るほどそれを残そうと頑張った人の数は増えて増えて。
そしてその事実に安心するのに。
見えない時間に安心するのに。
松ちゃんはそれを壊すのが好きだ。
何十年分もの安心と努力と、欺瞞を壊すのが好きだ。
「京でも火事が凄かったんでしょ?」
「そうらしいな。
卿は私がやったと思うかね。」
「ううん。」
「ほう、理由を聞こうか。」
「松ちゃんの火はやらしいからゆっくりだもの。
京のはすごく早く燃え移ったって聞いたよ。」
そう言うと笑った。
なかなかどうして艶のある答えだ、と言って、答えを教えてくれた。
「風があるだろう。」
「風?」
松ちゃんが見上げると、また一陣風が流れて炎の先を揺らめかせた。
「炎と相性の良いものだ。
矛先を何処にでも広げてくれる。
私は風が近くにある時を好むのだよ。」
けれど京の気に入らない輩の屋敷へ火をつけに行ったとき、風はいなかった。
だからその日は、それきり広がらなかった。
「松ちゃんじゃなかったの。」
「少なくとも京の大火事は、だが。
本格的に冬の将軍が来てしまっては風がどこぞへ逃げてしまうのでね、まだ私のそばにあるうちに燃やし納めだ。」
「逃げたりするの?」
「ああ。
何しろ日の本中をうろちょろする分、捕まえるのが容易ではない。」
「ふうん。
でも今日の風は強くないから燃え広がらないね。」
「……卿が妙な所で鈍いか、私の言い方が浅いかだな。」
不意にそう呟いた意味は分からなかったけど、まあ良いかといつものように流す。
「あ、この間隣の国のおっきなお城に入る抜け道見つけたんだよ。
松ちゃん今度行く?」
「そら、燃え移った。」
「ん?」
prev / next