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「うーん…」
どうだろう、いくら松ちゃんが炎上大好き人間だとしても放火魔じゃない。
長い時間がかかったものならまだしも普通のお家に火をつけるのを楽しみそうには思わない。
ただたくさんの取り返しのつかないものを積み重ねて出来上がったものを一瞬で壊すのが好きなだけで。
こう思うと松ちゃんめちゃ悪だ。
「行ってみるかあ…」
歩いて走って門の警備の人をすり抜けて、馬小屋の上を渡って二三回小さな壁を飛び越えて、一つ大きな城壁をよいしょと乗り越えればそこが松ちゃんがいる部屋の中庭。
運良く松ちゃんはそこに立っていた。
「松ちゃーん。」
「…おや。」
城壁から見下ろした松ちゃんは珍しげにこちらを見上げて、手を振る私に下りてきてはどうかと提案する。
それを呑んで松ちゃんの横にぴょいと下りると、縁側を通じて室内に積まさった巻物だとか紙の束だとかが見えた。
「松ちゃんお仕事中?」
「暮れが近づくと慌てて城の者共が仕事を始めるのでね。
あと三日は蔵籠もりだろうな。」
「じゃあたき火行けないね。」
「十秒で支度をする。」
はえぇ、とつっこむ前に松ちゃんは縁側の引き戸をぴしゃりと閉めて再び戻ってきた。
松ちゃんに走る機能は搭載されていないから悠々と戻ってきた。
「珍しいな。
卿からたき火に誘うとは。」
「あー、寒かったから。」
「冬の将軍が近づいているのだろう。」
「冬のしょーぐん?」
「知らないか?
これのことだ。」
並んで歩きながら松ちゃんが何気なく見上げた斜め上の木々を、甲高い、掠れたような音を立てて風が通り抜けた。
冷たく乾いた風。
「あれが冬の将軍の手先だ。」
「……」
「被害は少ないがね。」
松ちゃんはそう呟いたけど、どう見ても今の風は松ちゃんが後ろ手に組んだそこから生み出したように見えて、しばらくそこをじっと眺めてしまった。
「そういえば松ちゃん、前来たときからあれきりたき火はしてないの?」
「ああ…そう言えば未だだったな。」
なんだ、じゃあやっぱり京の大火事とは違うんだ。
こんどまつお姉さんに教えてあげよう。
「京に政で多少目の上に居座る輩がいたのでね。
時々家屋を燃やしには行ったが。」
いや、やっぱり八百八町の火事の全ては松ちゃんが元なんじゃないかと思うようにしておこう。
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