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紅葉が散ったな、とからかう当人と裏腹に、手鞠は酒に負けた体をぐるぐる見つめた。
「でもお酒の味しなかったのに…」
「今日の銘酒の品評会に出た品なんだが、珍しいだろう。
酒らしくないということで他の面々には不評のようだったが。」
それをわざわざ持ち帰って人に飲ませることがあるだろうか。
先ほどまで静かにしていた防衛本能が頭の中でうるさいくらいに警笛を鳴らしている。
それでもどうにか、ゆっくり状況を飲み込んだ後。
即座に障子を開け放して廊下へ飛び出した。
「捕らえろ。」
「ぬわー!」
指を一度鳴らすや否や、潜んでいた風魔が風よりも早く手鞠を捕獲した。
いつもなら逃げ切れる速さであっても、酒が入って千鳥足一歩手前の存在には酷な相手だった。
「はーなーせー。」
「ご苦労。」
襟を掴んで軽々松永に受け渡すと、一礼と共に姿を消す。
槍も奪われ、無駄な抵抗で腕に噛みつこうとしていた手鞠の体をひょいと仰向けると、口元を逆三日月に釣り上げた。
「よい酒の肴ができたな。」
「うわ、松ちゃん顔こわー…った!」
ぎち、と首の側面に爪を立てられた。
突然の出来事に驚いてすぐ顔を背けるも、膝に座っているため横には松永の体しかない。
押しつけられるようにまた食い込ませた爪が抉るように喉元を襲う。
「痛っ、痛い松ちゃ…あ!
松ちゃん酔っ払ってる!」
「何のことかな。」
「だってその目つきはぃ、ったぁ…!
やめ!ひっかくのやめ!」
「もう少し鳴きたまえ。」
「ほら素!
素がでてる!」
私はいつだってこうだろうと再三手を伸ばす松永と、さすがにもう少しは隠せてる、とその爪を押しとどめる手鞠。
酒の品評会に出ていたという時点で気づけば良かったけれど、あまりに平常時と変わりなかったため発見が遅れた。
「松ちゃんは酔っ払いになると質悪い。」
「卿とて酔っ払いだ。
そうだろう?」
「私人に飲ませたりしないもの。
人に爪立てたりも―…」
そこまで言うと松永の手が喉元を滑って細いそこをきゅむ、と絞めた。
膝上の手鞠のかんばせへ限りなく瞳を近づけて。
「…帰したくないのだ、察したまえよ。」
「松ちゃんが素直で怖い。」
「酒が入って慎重になる人間などいないさ。」
それに、と爪を立てる柔らかな部位を探してははたき落とされながら続けた。
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