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まだ温度があるうちにと北へ向かって歩いていって、気に入った海沿いの小さな町にしばらく留まるつもりでいた。
漁師やその家の力仕事を手伝ったら持て余すほどの魚だの海草だのをもらい、はてこまった、と海の幸を手に思案する。
いつもこういった物を押し付けられる松永も、おすそ分けと称せる知り合いの武将もいない。
食べきるにも川魚と違って技術がいる。
でもまあたまには、こうしてぐるぐる考えながら一人でいるのも良いよなあと考えて日の沈んだ海を眺めていると。
「キンキか。
そう言えば今年は初物だ。」
「あー、ここで出てきちゃうのが松ちゃんだよなぁ…」
ひょいと片手に海の幸、片手に己の襟を持ち上げられながら、大収穫の松永にそのまま持ち帰られた。
遊子なのに一人になりたいとはどういうことだろうと、道中悩んだ。
地方の品評会に来ていたらしい松永に、小さな屋敷へ連れ込まれた。
もはや我が物顔で久しぶりの畳を転がっていると、机の前に竹か何かで作られた筒が一本置いてあった。
骨董でも刀でもないそれがこの部屋の机に置いてあることが、妙に不思議に思える。
「松ちゃんこれ何?」
「ん?
梨で作った飲み物…だったな。
珍しいからと昼に商人が持ってきた。」
ふうん、とまた低いその机へ首だけを於くと、生首、ときちんと呼ばれてから。
「飲んでみると良い、私は甘味は得手ではないのでね。」
「わあ。」
警戒心と好奇心をきちんと半分ずつ身につけて、筒の栓を抜いた。
梨の芳香はするけれど、別段本能は危険信号を出さなかった。
一口飲む。
梨の果汁の味。
「美味いかね。」
「うん!」
わあい、と嬉々として筒を傾けた。
「松ちゃんこんなとこにお家あるの?」
「いや、品評会の間の根城だ。
向こうから与えられた。」
「へえー。」
そんなことを話しながら筒の中身を半分ほど飲み終えた時。
ぽ、と手鞠の手のひらが赤く染まった。
「れ?」
最初は不思議そうに、次いで意味を理解したのか恐ろしそうな顔に変わり、勢い良い持っていた筒を机に置いた。
「どうした。」
「…松ちゃん、松ちゃん、これまさか…」
「ああ、酒だが?」
「!」
松永がそう言い終えたのと同時に手鞠の頬に赤みがさす。
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