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お茶を飲みながらじいっと合ったままのその目を見つめていると、松ちゃんは一回り笑みを深くした。
意味深な笑み、という奴だ。
この笑い方をどこかで見たような気がする。
「そう言えば、松ちゃんは何を壊しても平蜘蛛だけは壊さないね。」
「…ああ、そうだな。」
平べったくて薄黒くて、でも妙にてらてらとして、綺麗なような気味が悪いような変わった茶釜。
それだけは松ちゃんは絶対に壊さない。
どれだけ信長さんに欲しがられても。
「…あれは私なのだよ。」
含んだような声で呟いた。
「己を軽々しく壊すものなどいない、ただそれだけのことだ。
人間己が身を一番慈しむのはこの世の定理だろう。
そして、」
ゆらりと右手を私の頬へ添える。
ぬらりと口元を歪ませる。
「己に最も近いものを人は愛でゆくのだ。
取り返しのつかないほどに。」
限りなく近づいた松ちゃんの瞳の奥で、黒い何かが鈍く動いた。
その色は確かに平蜘蛛に似ている。
最初は怖がられ、気味悪がられるのに、いつの間にか妙な魅力に引き寄せられてはその中に収められてしまう。
醜い部分も黒い部分も知っているのにどうにも離れられない。
なる程それは確かに、松ちゃんなのかも知れなかった。
でも。
「私は松ちゃんが割った欠片の方が好きだよ。」
綺麗で、とりとめなくて。
平蜘蛛はなんだか面倒くさい。
そう言えば、松ちゃんは目を見開いて、また笑う。
その一瞬だけ目の奥の黒色が少しだけ明るくなる。
「…卿を壊す日が待ち遠しい。」
「もう少し遠くにしておいて。」
はいお茶、と手渡すとようやく私の頬から手を離して松ちゃんも湯のみを受け取った。
「平蜘蛛はしまってるとこ?」
「部屋にな。
この所は平蜘蛛に似通った品々も集めだしてね、置き場を思案中なのだよ。」
「へー、でも平蜘蛛とかそれらに足がなくて良かったね。
逃げたりしないし。」
「ああ、足があったなら鎖に繋いで人目のつかない堅牢な部屋へ閉じ込めなければならない。」
「松ちゃんは監禁得意そうだね…」
「物騒だな、軟禁と言いたまえよ。」
「全然物騒さ回避できてないよ。」
「…そう言えば常日頃思っていたのだがね。」
「ん?」
また松ちゃんが、意味深な笑顔になった。
「卿の髪は実に平蜘蛛に似た光沢を有しているな。」
「!」
向こう三ヶ月は松ちゃんの所へ近づかないでおこうと、この日決めた。
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