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「壊さねばならなくなってね。」
「信長さんに欲しがられたの。」
それもあるが、と私の持ち上げた裾から破片を一つつまみ上げた。
「なに、純粋な興味に過ぎない。
自分が愛でた物は壊れたらどのようになるのか、卿も興味はあるだろう。」
「愛でたことないからなあ…」
「卿は女性を愛でるじゃないか。」
「お姉さんは好きだけど愛でないよ。
好きと愛でるは違うって前に松ちゃん言ったもん。
愛するのと愛でるのも違うって。」
松ちゃんの横をすり抜けてぴょいと縁側から下りた。
庭の小さな池にひざをつくと、ちらほら鯉が泳ぐ水面へ破片の一つをとぷんと落とす。
細やかに右に左に揺れながら破片は岩底へと着地して視界の一部と化した。
松ちゃんが壊した宝物は皆こうすることにしていて、だから、この池の水底には数多の陶器や焼き物のなれのはてがたまっている。
そういう値段だけで見るならこれはきっとこの世で一番高価な池だ。
ちらっと見ただけで渋い緑や透き通るガラスといった、池の敷石に使われるはずのない色がたくさん水中で光を反射した。
振り向くことはしないけど、後ろで松ちゃんが縁側に座りながらこっちを眺めているのは知ってる。
多分、楽しそうに笑いながら。
「卿が何かを愛でる日が来ることを心待ちにしているのだがな。」
「うん。」
そういう何かが出来たとしても松ちゃんに教える気はさらさらないので、結構軽い返事をした。
きっと私に愛でるものが出来たら、少しずつ少しずつ松ちゃんから離れる。
そうしてどこかで野垂れ死んだかのように、ある日からふと来なくなる。
これが理想。
松ちゃんに知られないことが理想。
松ちゃんは誰かの大事なものを壊すのが好きだから。
「松ちゃんは自分のものになっても壊すし、ならなくても壊すし、大変だ。」
そういうと後ろから笑い声が聞こえた。
しばらく池の水の反射で遊んだ後、指を水面から引き抜いて裾に残った細かな欠片をみんな落とす。
一度にたくさんの品物を壊すことはないから、しばらくは何も割られないと思う。
小走りで松ちゃんの座る縁側まで戻ってその横へ飛び乗った。
いつの間にか女中さんが淹れていってくれたお茶を飲んでいると、いつから見ていたのかその目が合う。
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