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手鞠の提案に八割方無視を決め込み、その辺りにある使えそうな野菜を幾つか刻んだ。
後ろで鼻歌混じりに見ていた手鞠はいつの間にかすぐ横にいて、台所に顎を乗せていた。
「そこにいては料理の邪魔だ。」
「私料理見てるの好き。」
「生首は話を聞かないから困る。」
「あ、卵。
卵は私が割る。」
「傍観はやめたのかね。」
「私が卵を割るのは世の真理だから。」
「そうか…ならば仕方あるまい。」
ぱきゃり、と小気味よい音が生まれるのを聞きながら白米もろもろを炒めにかかる。
何人分かは知らないが手鞠がいるなら十人前あったとしても大丈夫だろう。
「まあ定石通りの味か…割った卵をくれ。」
ぱきゃり
「…一体いくつ割ったのかね?」
「大丈夫、まだ五つだから。」
「ああ、まだ少ない部類だったと胸をなで下ろした私はもう毒されているのだろうな。」
ぱきゃり
「…卿?六つになったのは気のせいかな?」
「そうとも松ちゃん。」
「そうか、目の前で起こる気のせいがあるとは知らなかった。」
卵の殻を弄ぶ手鞠を後目に、被害を受ける命が七つになる前にさっさと炒め終わった。
「そら。」
「わ、美味しそうな何か。」
「焼き飯だ。
知らないか?」
「あー、一回だけ食べたことある。」
はしゃぎながら三つの皿を器用に調理場の大机に運んで、いただきます、と両手を合わせた。
自分で食べるつもりはないが、嬉々として取りかかる手鞠を見ると何となく向かいに腰かけていた。
「松ちゃんおいしいよ!」
「それは何よりだ。
…ところでなんだが手鞠。」
「ん?」
「…なぜ雇った忍まで食しているのかな。」
な、と手鞠の隣を見ると、近頃雇った伝説の忍が黙々と同じ物を咀嚼している。
「松ちゃんが作るからって風魔も呼んだ。」
「また鮮やかな芸当を…」
お構いなく、と左手で意思表示を見せながらも黙々と食す。
大方手鞠の言ったことを命令か何かかと聞き違えたのだろうが、ちゃんと手鞠が食べてから口にした辺りちゃっかりしていると言えばしている。
「しかし卿は幸せそうに食べるものだ。」
「そう?」
ニコニコと食べ物を頬張る姿に関しては並ぶ者がないと松永は思っているけれど、幸せというものをよく知らない自分がこんなことを言うのは筋が通らないし、同じくよく知らない手鞠が疑問を抱くのは理にかなっていると感じた。
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