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それでもこうして話して気が晴れたのか、ぴょいと松永の膝から飛び降りた。
仕方ないかあ、と呟いたあたりそろそろ吹っ切れる予兆が見える。
手鞠が落ち込むのは遊女関係だけ。
そしてそれも長くは続かないことも知っていた。
「美味しいもの食べて忘れることにする。」
「得策だな。」
「松ちゃん美味しいものありませんか。」
「言い出したことは自分からやるものだよ、卿。」
「じゃあ海の方に美味しいもの探しに行ってみようかな。」
「…そう言えば、卿は料理が出来たかな。」
気取られぬよう己の失言を拾い上げた。
案の定手鞠は目を瞬かせて再びその場に腰を下ろす。
「たぶんできるよ。
色んなとこ行くから。」
「おや、一度も見たことがないがね。」
「…しないよ?」
「他ない友のよしみだ、それくらい構わないだろう。」
「えー…松ちゃんは?」
「…私か?」
「うん。
松ちゃん何でもしたことあるから、料理もきっとあるよね。」
ないことはないが、と発してしまった瞬間、手鞠がごくごく無邪気に笑った。
「言い出したときは自分から、なんでしょ?」
時々この娘は恐ろしいものを持っているのではないか、と調理場に引っ張られながら松永は思った。
普段は見た目より一回りも二回りも子どもに見えるというのに、時たまこうしてわざとなのか見抜けない行動を取る。
「わーい松ちゃんのご飯、ご飯。」
「…いつか覚えているといい。」
「包丁持ってその台詞は怖すぎるよ松ちゃん。」
兎にも角にも料理など相当懐かしい部類だが、体が覚えているだろうと袖をまくった。
何かを切って炒めれば終わる、そういうものだ。
「卿は完全に傍観する気かね?」
「歌なら歌ってあげられるけど。」
「ああ、手際を間違えて卿を刻みそうだから歌っていた方が食材と間違えないかもな。」
「松ちゃんそんなに悔しいの。」
調理場の大机に座ってひらひらと黒い小袖を振りながら笑っている。
憎めないというのは誠恐ろしい属性だ、と改めて認識した。
「適当なもので良いだろう、さすがにそこまで極めてはいないよ。」
「もちのろんだよ。
あ、松ちゃん鷹の爪使う?」
「いや。」
「じゃあニンニク使う?」
「嫌みかね。
高度な食材ばかり持ち出すのは嫌みなのかね。」
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