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『記憶』
「松ちゃん。」
「ん?」
顔を上げると、すぐ眼前に立っていた手鞠の顔が不意に消えた。
瞬きを幾度か重ねた後、自分の首に回る柔らかな腕と、寄せられた頬の感触に気づく。
不覚にも思考はそこで停止した。
自分より到底低い背丈の身で懸命に爪先を伸ばしながら、手鞠が言葉もなく、ある種とりすがるように抱きついていた。
息を呑んでしまった自分が分かる。
初めて全身で受けたその体の熱はあまりにも突然、唐突に冷静さを奪っていった。
「……手鞠?」
こういう時相手を、特に女をどう扱うべきかなど心得ている。
言葉よりも先に食指が動くことさえ多い自分に出来ないことでは露ほどもない。
しかし。
どこに、触れれば良いのか。
頭を撫でてやれば良いのか、強く背を抱きしめてやれば良いのか、頬に手を添えてやれば良いのか、腰に手を回してやれば良いのか、幾通りも思い付く、思い付いたとして。
そのどれもが間違いだと頭のどこかが分かっていた。
どこにも触れるな。
もう終わること。
そんな声が懐の中の小さな体躯から聞こえた気がして。
動こうとしない己の両腕を回すよりも先に、手鞠は松永から手を離した。
「#name2#――」
呼ばれるよりも先にひらりと体を翻して距離を取る。
地面に刺していた槍を抜いて後ろ手に持ち、そしていつものように。
楽しそうに笑う。
「さよなら松ちゃん。」
忘れていいからね。
そう告げて、残滓と共に白く掻き消えた。
「……という夢を見たんだがね。」
「松ちゃん記憶力いいなあ。」
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