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「おー、騒ぎになってる…」
無事それから城を脱出し、近くの小高い山の登り道からそこを見下ろす。
城からは幾らか狼煙が上がり、ざわざわと人の出入りが絶えない様子。
手鞠の首からは聖堂で見つけた紐によりあの赤いガラスが下げられていた。
「でも松ちゃん、信長さんにあげた骨董の代わり見つかった?」
「代わりうる物なら見たつもりだ。
極彩色など滅多に見られるものではないのでね。」
「右手に銀食器持ってなかったら様になったのに…」
そう言うな、と目線を動かして見た件の赤いガラスは、手鞠の黒い小袖の上に置かれると乾いた血と同等の色になる。
「なに、神がいるなら敬虔な彼らをお救いくださるだろう。
布教もうまくいくに違いない。」
「松ちゃんが良さげなこというと全部逆になるもの。」
「全くだな。」
さて帰るか、と呟いた直後、松永の腕が回るよりも先に近くの木へ飛び乗った手鞠がいた。
「馬は嫌か。」
「馬も嫌。」
「なら歩いて向かうとしよう。」
「嘘だー。」
「信用がないな…次はどこへ足を伸ばす気だ?」
「下の方。」
「信じないことにしておこう。」
息災を、と呟いた松永へ多少手を振り、近くの森へ消えた。
元より馬で無理やり拉致してきたに過ぎないので、そこをしっかり忘れていないのが彼女らしさだと思った。
そろそろ短くない付き合いになるというのに全く信用されていないという点も。
(松ちゃんは信長さん嫌い?)
あまりに度々彼の意に背くので、興味本位で手鞠にそう聞かれたことがある。
確か自分はその時、いいや、と答えた。
(信じないことで敬意を表せるものもあるのだよ)
(ふうん)
そうだ、あの破壊した神の偶像のように。
相手をありのまま、敬う本来のままに留めたくば決して信じすがってはならないように。
自分と手鞠のどちらかがそのように相手に接しているのだとしたら、それは何ともまあ滑稽で、愛でたくなる関係だろう。
「…救えないな。」
どこか嬉しげにそう呟いて、手にしていた収穫物をどこぞへと投げた。
そして手鞠の去っていった林の奥を一瞥し、自分の戻るところへ戻って行った。
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