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松永の城は警備が厳重だとはとても言えない。
せいぜい表と裏の門に見張り兵がいる程度で、城内を見回っている家臣以外は人の気配すらまばらだ。
あの風魔を雇っていると言うのも理由の一つだが、人が多ければ多いほど余計なものが紛れ込む、と謀反に長けている松永が言うのだから反対できる家臣などいなかった。
この日も障子を開け放って月でも眺めながら、
悠々自適に眠りの淵へと落ちようとしていた矢先。
突如腹に何かが落下してきた。
ぐっ、と唸り声が漏れたと同時に枕元の刀へ手を伸ばそうとしたが、月明かりのおかげで腹の上の物が何か即座に分かったので。
顔を手で覆い隠しながら長い息を吐いた。
「…………卿にしては情熱的だな」
「むん」
「顔を上げないか」
腰元にまたがり、亀のように蹲っていた手鞠がしぶしぶと言った感じで顔を上げる。
それがあまりにしかめっ面だったので、手のひらを退けた松永がクツクツと笑った。
その反応に更に口を一文字に結び、ずりずりと胸元まで這い上がってくる。
「卿に夜這いされるとは光栄だ」
「えーこれ夜這いになるの」
「暗殺以外で寝床に潜り込む理由として、他にあるかね」
「あるよ。誰かと遊びたい時は、夜の方が出かけてなくて誘いやすいし」
「……卿は遊びに誘いに来たのか」
珍しい物を見るように月明かりに照らされた手鞠を見上げる。
手鞠から松永を尋ねてくるのは「そういう気分」という曖昧な感情が訪れた時だけで、それ以外では例え風魔を使役しても捕まらない。
「いつもは夜に遊びたい時は遊郭のお姉さんとか誘うんだけどね」
そうだろうと思う。
手鞠が求める遊びは鬼事、お手玉、三味線、噂話。
他愛ない遊女遊びのようなそれ。
餅は餅屋とはよく言ったもので、女を与えておけば一日中だって手鞠の相手をさせられた。
「別に遊びに誘いに来たわけじゃないよ。でも、んー…松ちゃんには同じような物なのかな」
「頓智か」
違うよ、と切り捨てて、手鞠はしばらく松永の目を見下ろすと。
その目を覗き込むようにずいっと顔を近づけた。
「ちょっと悪いことがしたくなって」
…この生き物は、満天の夜空を詰め込んだようなきらきらしい瞳で、いつだって自分を吸い込んでしまう。
どうにか緩慢な動きで己の口に手を当てる。
溜息が漏れてしまいそうだったからだ。
喜びに吊り上がる口の端を、悟られたくなかったからだ。
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