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次の瞬間、手鞠は祭壇を踏み台に軽やかに空中へ飛び上がっていた。
どのようなバネを使えばそれだけ跳ね上がるのかというくらいの跳躍を見せ、硝子絵の半分の高さを越すと、流れる動作で背の槍を抜いた。
破壊というよりも、破裂に近い音が響いた。
寸前まで張り詰めた何かに針を突き刺したような音。
それと同時に槍で突破した中心からヒビが入り、波紋を広げて砕け散るまでは本当に一瞬で。
「!」
降り注ぐガラスの雨を避けるため数歩下がった松永にもその色の洪水は見て取れた。
同じ箇所に寄せ集まっていた色々が砕けて地に落ちるまでの刹那、眩しいほどの日の光を反射させながらあらゆる色と混ざり合っている。
恐ろしいほど綺羅綺羅しい光景。
ガラス達は聖堂の柔らかい絨毯へ落ちたために何の音も立てなかった。
それ故に終わりを実感できなかった。
それでもそのガラス片を踏む手鞠の足音に、どこへ行っていたとも知れない意識を取り戻す。
「…無傷かね。」
「?
うん。」
目に焼きついた極彩色が離れず、なんとも妙なことを聞いてしまった。
手鞠の黒い小袖と白い半股に焦点を合わせて色の払拭を試みる。
事実、あの至近距離で砕いたにも関わらず破片による被害はどこにも見られない。
「えーと…あ、あったあった。
これこれ。」
慎重さのしの字もない動きで飛び散ったガラスをかき分け、ひとかけらの真っ赤なガラス片を持ち上げた。
手のひらに収まる小ぶりなそれは、流れたばかりの血と全く同じ赤色だった。
幾多のガラス片の上で宝物を見つけた子どものように顔を綻ばせる。
つまりはそういうことだったのだろう。
彼女は絵などもとより見ておらず、ただ、この色を愛でだに過ぎなかったのだ。
「松ちゃんどうかした?」
「…なぜだ?」
「なんか笑ってるから。」
「私はいつだって柔和に笑っているじゃないか。」
「にゅうわぁ…」
訝しげな顔で立ち上がる手鞠に、改めて喉元が笑いを押さえ込んだ。
「この手の品は再びの溶接が困難でね、一部分でも欠ければ新たに付け直すことはできないと聞く。
二度と元の一枚絵には戻るまい。」
「へえー。」
それは大変だ、と至極真剣にうなずいた直後。
「松ちゃん紐とか持ってない?
これうまい具合で穴が開いてるの。」
今度こそ松永は声を出して笑った。
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