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日が沈んだ頃、2人は町の外れにある空き家に腰を落ち着けた。
と言っても手鞠が室内で眠るはずがなく、また屋根の上に連行されたのだが。
「…………」
「お姉さん、大丈夫?」
「……そう見える?」
「んー…ご飯は食べたでしょ、休憩したでしょ、怪我もしてないし熱もなさそうだし…」
そうしてニコッと笑い。
「大丈夫そうに見える!」
「正気かい……」
もう言い返す気力もなく、膝枕の上で屈託なく笑う手鞠をそのままにする。
腰元に抱きついたまま、機嫌よくこちらを見上げてくる。
「…あんたはこんなことして、楽しいの?」
「楽しいよ、お姉さん好きだもん。いつもは知り合いのお姉さんの所に行くんだけどね。最近戦が続いてるから、皆留守なんだ」
「そういう時にこうやって人攫いを?」
人攫い、と手鞠はオウム返しをして笑った。
まるで人聞きの悪いことを言われているかのように。
している事を正しく理解しておきながら、それでも尚、一緒に遊んでいるだけだと言い張るのだろう。
「遊び相手なんて、あの盗賊の奴らでいいじゃないか」
「でも暖かくて柔らかくていい匂いがするから、遊ぶならお姉さんがいいんだよ。ぎゅーってしたり、お歌を歌ったり、それだけで楽しいからさ」
その言葉を聞いて、ようやく彼女は思い至った。
「ああ、なんだあんた、寂しいんだね」
よく家族が皆畑に出払ったあと、取り残された労働力にもなれない子供達はよくこんな事をしてきた。
腰元にまとわりついて、意味もないことを話して気を引こうとして、ぷらぷらと落ち着きがなく。
そう言えばあんたの親御さんはどうしたのと、尋ねようと口を開いた瞬間に。
手鞠の顔から表情が抜け落ちていることに気づいた。
結果的に、その問いを投げかけずにいて正解だったのかもしれない。
今まで無邪気な笑顔しか浮かべていなかった口元が横一文字に引き伸ばされ、大きな目は虚空を見つめるような瞳にすり変わっている。
それは中々の恐怖だった。
「お姉さん」
「……っえ、?」
「今まで遊んでくれてありがとね」
次の言葉を出す前に、手鞠は女の体をひょいと抱き上げて地面に降りた。
そのまま近くの村の馬小屋まで駆けていき、適当な一頭に女を乗せた。
「え、え?」
「来た道は分かるよね?馬ならきっと1日も経たずに村に戻れるよ。途中で落ちないように頑張ってね」
「ちょっと、私は馬に乗れな――」
馬の手綱を断ち、思い切りその尻を蹴りあげた。
「ひゃああああ!」
「気をつけてねー!」
蹴られた驚きで大きくいななき、馬が夜の中を駆け出した。
必死にその首にしがみつく女の悲鳴は、あっという間に山の中に消えていった。
手鞠は一人と一頭が見えなくなるまで手を振っていたが、やがて悲鳴も聞こえなくなると静かにその手をおろし。
目を細めて、満天の星空を見上げていた。
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