松永久秀 | ナノ


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そして現在。
暖かい春の陽気の元、文机に座したまま蒐集品を眺めている私と。
文机の下に丸まっている手鞠とで、普段と変わらぬ時間を過ごしていた。
手鞠が逃げる冬の季節は終わりを告げた。
座した足に微かに触れるこれの感触が、また新しい季節が始まることの証明だ。



「風の子、風魔は去っただろう。出てきてはどうかね」

「油断はならない…」

「私が証明する」



それが一番信用出来ないんだよなあ、と失礼な呟きと共に顔を出した。
また何やら悪戯でもしたのだろう。
私の横に這い出て、一つ大きく体を伸ばす。
その姿形をまじまじと見ると、自然と目が細まる。



「……成長したな」

「うん?ああ、ねー」



当の本人はまるで他人事のようにへらりと笑った。
成長という物は大抵、周囲の人間から気付くものだ。



「松ちゃんは変わんないね」

「大の男がそうそう見目までは変わらんさ」



そら、と伸びを終えた手鞠の身体をさらって膝の上に置いた。
手鞠はあまりこの場所を好まないが、今は腰から腹へと手を回されているので諦めたようだ。
空いた片手で目の前の髪をひとすくい持ち上げる。

髪も、手足も伸びた。
まだ随分離れてはいるが上背も私に近づき、体つきも既に完成し始めている。



完成?



そうだ、手鞠は成熟した。
私の望む心と、言葉と、表情を身につけ、完全で完璧な形のままここにいる。
あとは獣の心のまま、何にも囚われずに生き続けさせれば……



「……いや」

「ん?」

「一つ、心残りがあるな」



独り言にも近いその呟きに、手鞠が驚いて振り返った。



「え、松ちゃん死ぬの?」

「その心残りではない。卿の呼び名を、決めなかった事だよ」

「呼び名って、『手鞠』のこと?」

「嗚呼」



全くピンと来ていないようだ。
それもそうだろう、この世で手鞠の名に関してもっとも無関心なのが本人の手鞠なのだから。



「例えるなら『さなぎ』であれば孵化する前の未成熟で、不安定な生き物を指す。かの姫君は卿にいつまでもそうあって欲しいのだろう…着せ替えられて、いつまでも自分の元から飛び立ってゆかない空想のような生物として」



何とも的確な名前だ。
然して、残酷でもある。
入れ知恵をしたのがあの明智なのだから当然の結果ではあるが。



「島津のおじいちゃんは私を『おてま』って呼ぶよ。『小手間』で、手間のかからない客人だって」

「そうだろうな。卿に名前を与える仕組みとは、卿にどのような存在になって欲しいか、それを映し出す鏡のような物なのだよ」




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