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三人で幾らか言葉を交わしたが、お市お姉さんに会ってくると手鞠が言い出し、輪から一抜けた。
慣れた足取りで廊下を駆けていくのだから、恐らく出仕を渋る自分よりもこの城に詳しいのかもしれない。
「随分ここに訪れているようだ。君にもよく慣れている」
「ほら、あの子女性に懐くでしょう?ここにはよく市もまつも来るから、楽しいのよね」
それは分かりやすい理由だ。
女性の質にかけてはこの時期の織田勢ほど魅力的な場所は見つからない。
「その様子だと貴方の所にもお邪魔しているようね」
「はは、腐れ縁でね。何かと気が合うのか、ああして戯れに、他愛ない会話をするのだよ」
「そうでしょう。貴方達は、よく似ているもの」
ぴたり、と持ち上げた口の端が止まる。
そのまま顔色は一切変えずに当人の顔を見た。
「…似ている、かね」
「ええ。手鞠も貴方みたいな色合いの小袖と半股を着ているから、そう思ったの」
そういう意味か。
頭には意味が落ちてきたが、心にまでは落ちてこなかった。
喉のあたりで何かが引っかかる。
よく似ている。
よく似ている。
そうなのかも しれない と思った時点で、すべて認めたのと 同じ事なのだろう。
「ねえ、ねえ、松ちゃん」
濃姫と別れた後、密やかに後ろから名を呼ばれた。
この呼び方をするのは一人しかいない。
つい頬を緩めて振り返れば、いつも通りの、よく似た服だと言われた格好のままの、手鞠が身を潜めていた。
「おや、どうかしたのかね」
「…松ちゃん一緒に逃げない?」
「…ん?」
つい膝をついて彼女の口元に耳を寄せる。
聞きなれた声が微かに触れる唇の中から私へ呼びかける。
この子どものような無邪気な悪意の応酬を、何度私達は共に行ってきただろう。
「あのね、市お姉さん帰っちゃったんだって。私もう南の方に行きたいから、逃げようと思って」
「断って城を出る…という手順を踏まないのが卿だな」
「あはは」
私達は子どもだった。
欲しいものが欲しいと言い、自分の胸を恋する乙女よろしくときめかせる、魅力に溢れた品々に何時だって焦がれていた。
そうしなければこの世は余りにも退屈で、息をする意味さえ見つからなかった。
この世に何の期待もしていない。
この世に何の貢献もしていない。
そんなひねくれた餓鬼が腹が減ったと駄々をこねる。
それが一匹から二匹になった。
唯それだけの、救いようのない事実だ。
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