松永久秀 | ナノ


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行く先々で、不思議な程この生き物と遭遇した。
焼き討ちした寺の近くに、襲撃した国の仲間に、通りがかった商家の屋根に。
連れ込んで延々と己の美学について話して聞かせた日もあれば、私が屋敷を空けている間に勝手に滞在していた日もある。

私達は何かが似ていたが、お互いにそれを言葉にすることもなく、態度に表すこともなかった。
ただこの鉢合わせる確率と、軽口の叩きやすさから、相性が良いであろうことは認めていた。








そうして出会って五年ほど過ぎただろうか。
彼女は十三から十五ほどの齢に見えた。
しかしそれよりも幼く駆け回るし、それよりも大人びて物を言った。
体つきはすっかり女人らしく育ってきたのに、その内なる物が育っていないからなのか、いつまでも手鞠の存在は時を止めたように不変だ。



「卿の望みはなんだね」



何かの話の折、そう尋ねた。
これは今までにも私が多くの人間に尋ねてきた問いで、それは手鞠も知っていた。



「望み…欲しいもの?」

「そう受け取ってもらって構わない」



手鞠はしばらく宙を見た。
自分はそれが望みを考えている仕草とばかり思っていたが、次に発した言葉に迷いは一欠片も滲んでいなかった。



「松ちゃんと一緒だよ」

「…ん?」

「何にもないよ」



胡座をかいて酒を嗜んでいた自分の視界の端に座っている手鞠は、今日の天気を語るようにそう言った。
片膝を立てて、清々しく晴れた空を見上げながら。



「好きな物はたくさんあるよ。私は多分、きっと何でも手に入れられるよ。でも欲しいものは何にもない」



ぶらん、と足を縁側に投げ出してまた笑った。
つい癖でその笑顔の意味を考えたが、そうだ、これの笑みに意味などないのだ。



「欲しいものが、欲しいよねえ」



嗚呼、と、口が動きかけた事に驚いた。
あの手鞠が珍しく同意を求めている事も。
これは思い悩んで虚空を見上げたのではない。
私の頭の上を見つめていたのだろう。

以前から感じていた、他の人間に感ずることのない手鞠との歪な距離間は。
このささやかな虚しさを通していたと言うのだろうか。



その次の年、豊臣の没落を狙う信長に呼び出された。
いるだろうなと思ってきてみれば、やはり当然のように手鞠はそこにいた。



「おや、久しいな」

「五日前に会ったよ松ちゃん」

「あら。松永殿もさなぎと知り合いだったのね」

「濃姫様は前来た時いなかったもんね」

「……さなぎ、とは?」

「この子の呼び名よ。前田家は手鞠と呼んでいるようだけど、貴方もそう呼んでいたの」



ゆるりと手鞠の方を見やると、また元気に頷いて見せた。



「さなぎは名前が無いから、皆好きな名前で呼ぶのよ。私はもっと可愛らしい名前にしようと思ったのだけど、光秀がこの名前が良いと聞かなくて」

「それは羨ましい。生憎私には一つしか名前が無いのでね」

「あははー」





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