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一年後。
「……ふっ」
「ん?……あ!」
つい口から吐息が漏れて、苦笑した所を見られてしまった。
いやしかし、また一回り背の伸びた人間が、相も変わらずの格好でやって来たのだから無理はないだろう。
その上ここは織田の城内で、家臣が一堂に会する重要な場面であるはずなのに。
この人間はその辺の廊下をぽっくりぽっくり歩いてきたのだ。
「……君がいると場の緊張感が著しく下がるんだがな」
「それで下がる緊張感側に問題があるよ」
なぜ私達は、まるで昨日まで共に遊んでいた間柄のようにスラスラと会話ができるのか分からなかった。
いや、私は元より誰とでも適当に会話ができるのだが、同じ気性の人間が周りにいなかっただけなのかも知れない。
「しかし、こうも節操なく会うとは…君は真に遊子なのだろう。今は織田に降っているのかね?」
「ううん。今は―」
「……手鞠?ここにいるのです?」
後ろの曲がり角から、ひょいっと女が顔を出した。
それは少女を見て安堵し、次いで自分を見て目を見開いた。
確か、前田家に嫁いだ篠原の娘だ。
私の姿を見つけて目を白黒させる。
「ま、つ永殿…」
「これはこれは。君の知り合いだったのかね」
「まつお姉さんはいつもお握りをくれるんだ。ね?」
手鞠、と呼ばれた少女の呼びかけで、前田の嫁はようやく意識を取り戻す。
「え、ええそうです。手鞠はよく遊びに来てくれますので。奔放な所が慶次に似ておりますれば、懐かしい気持ちになるもので…」
「ほう。君は手鞠と言うのか」
「うーん、まあそうだね」
へら、と答えたので、私もそれを受け入れた。
それから信長の命により、共に幾つかの戦場を渡り歩いて、手鞠の持つ槍の腕前を目の当たりにした。
出会った時からずいぶん怯えのない目をしていたが、それにも納得がいく。
これだけ槍を扱えたなら怖いものも無いだろう。
こちらに執着していないのも小気味よかった。
手鞠には本人なりの行動原理があるらしく、現れては三日と経たずに消えていくのがまるで煙のようで。
そうこうしている間に、どれだけの年月が経っただろう。
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