松永久秀 | ナノ


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「そろそろ畳も綺麗にするかー」

「おう。今日は慶次が寄ると言ってたからな、それ迄には終わらせようぜ」

「よーし」



畳をバリバリ剥いでは外に担ぎ出し、飛び散った墨を拭き取る。
伊達はお殿様なのにこういう仕事が嫌いじゃないみたいで、めんどくせーと言いながらもテキパキやっている。



「そういやアンタ、慶次ともダチだったよな?」



拭いた畳を日当たりの良い場所まで運びながら伊達が尋ねた。



「そうだね。松ちゃんよりは短いけど、それでも結構前からの付き合いだよ」

「ほお。風来坊同士、気も合いそうだな」

「いや、あんまり穏やかじゃない出会いだったな…」



もう随分遠くに行ってしまった記憶なので少しでも思い出そうと、ううん、と頭の中を掘り起こした。





慶次と出会ったのはもう軽く五年は前だ。

昔も今も似たようなものなのだろうけど、遊子はあまり数が多くない。
根城を持たない人間はたくさんいるけど、その大体が盗賊か貧者か放浪者で、大抵の場合は国の住人から疎まれている。
旅人、風来坊としてその日の気分で生きられるような、裏稼業をしなくてもブラブラしていられるような遊子は少ない。
でも私も慶次もそうだった。
だから目立った。

大きな槍を持ち、日の本をあちこち移動し、大飯ぐらいの陽気な遊子で、頼めば飛び入りで戦や祭に駆り出されてくれる。
……と、ここまで共通点があった。

おかげで私はよく「花の慶次って君?」と聞かれたし、慶次は「女の遊子がいるって聞いて見たら男じゃないか」ととんちんかんな事をよく言われたらしい。
そのおかげで二人共、この日の本に自分と同じような種類の人間がいると薄々感じてはいたのだけれど。

でも、私はまだマシな方だったのかもしれない

慶次の顔を知らない人間から慶次に間違われた所で、私には何の影響もなかった。
しかし、私の存在と間違われた慶次には「松永の関係者」と言う言葉がついてまわった。

その頃には私はしょっちゅう松ちゃんと会っていたし、松ちゃんが起こした騒動の中にいることもあった。
全く周りから好かれてる人間ではないので、私も旅先で出会う人が松ちゃんに恨みを持ってる人かどうかはそこそこ慎重に推し量ってはいたんだ。

慶次には辛かったんだと思う。
あの時に日の本で松ちゃんを恨んでいる人間を挙げたなら、慶次はその三本の指に入っただろうから。



そして遂に五年前、私は慶次に襲われた。
正確には名を名乗られ、正々堂々と一騎打ちを望まれた。
しかしそれは夜半の出来事で、慶次の姿も距離間も掴めない私は一騎打ちを断ってさっさと逃げ出したのだ。



(ようやく見つけた憎い相手を逃がすかよ!)



慶次は追ってきた。
どこまでもどこまでも、とことん追ってきた。
足の速さは自信があったし、遊子ならではの裏道や川渡りを駆使して駆け抜けた。
それでも土地勘のある慶次が一枚上手だった。

慶次は多分、私を倒そうと思っていたし、後にもそう語っている。
追われている時は殺気も感じていた。
それでも慶次が私を倒さなかったのは、私がこうして今も生きているのは。

袋の鼠まで追い詰めた慶次が見た私が、まだ十数年生きただけの子供だったからだ。




(…なんだよ……なあ、あんたが……?)




何を聞かれてるのか分からなかったけど、私は荒い呼吸で上下する肩と一緒に何度も頷いた。
慶次はそのまま地面に座り込み、槍も落として、顔を塞いでしまった。
全身から力が抜けたようだった。

そろりそろりと慶次に近づくと、少しだけお酒の匂いと、それから涙の匂いがした。




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