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春も大分深まってきて、時々日差しにハッとするような暑さが混ざるようになった。
外を歩くにはとても良い天気で、私はそんな日にてっくらてっくら散歩をするのが好きだ。
そんな心地の良い春の終わりの日に、何故か私は。
「政宗様、今日という今日は許されませぬぞ……!」
「Sorry!俺が悪かった小十郎!もうしねぇよ!」
「その言葉は聞き飽きましたぞ!そして御友人!テメェが政宗様のダチだろうが何だろうが、俺は容赦なく叱るぞ!まずは自分達の汚した床掃除からだ!」
「えっ、上手に竜が描けたのに」
「小十郎、これはartだぜ!?」
「客間を大筆で塗りたくる事の何が芸術ですか!!」
最近一日に一回はこうして怒られてるなあと不思議と感慨深い気持ちになった。
「……あー、中々骨が折れたぜ…」
「なー」
どうにか壁中の墨の汚れを落とした頃にはすっかり太陽が真上に来ていた。
畳はまだ随分と汚れてるけど、見て見ないふりをして伊達と縁側で体を伸ばす。
「かっこよく『DRAGON』って書けたんだけどなあ」
「あれはcoolだったぜ、俺達のドラゴンは最高だった」
元はと言えば、風神と雷神が書かれたそれは立派な図屏風がこの世にあるという、小十郎の軽口が始まりだった。
小十郎があんまりその作品のことを褒めるので、政宗は「そんなん俺にも描けらぁ」と謎の対抗意識を燃やして私を連れ出した。
そして私は全力でそれに乗っかった。
「あー…いい天気」
「やっと夏らしくなるかもな」
「奥州ってあんまり来たことないけど、穏やかなんだね」
「ああ、良い所だぜ。だがこの平和は、アンタがいるせいもあるだろうよ」
「複雑だ…」
私が奥州にいる間、それから伊達の刀を気に入っている間は、松ちゃんはここを襲わない事になっている。
私に「お気に入り」がある時の目つきが、松ちゃんは大好きなんだって。
半信半疑だったけど、今のところそれはしっかり守られてるようだ。
「アンタ、日の本は全部回ったのか?」
「行ってない所も結構あるよ。ここより北とか中国とか…あと豊臣の所とかも」
「結構選んでんだな」
「やっぱり知り合いが多い所に行くねー」
「foo…俺も一度はそんな旅暮らしをしてぇぜ。慶次もアンタも、俺には想像のつかねえ生き方だ」
「私も伊達の生き方は想像つかない」
「俺の生き方なんざ犬も食わねぇよ」
何だそりゃ、と言うと伊達も大口を開けて笑った。
ここの人間は伊達も小十郎も、男衆も女中も皆さっぱりしている。
だから定期的に立ち寄ってのんびりしていてもあまり苦ではなかった。
(政宗様は幼少のみぎりから大人に囲まれて過ごされた。歳の近い友人と過ごすことが楽しいんだろう)
前に畑仕事を手伝った時、かがみ込んでこちらに背を向けながら小十郎が小さく呟いた。
伊達の小さい頃の事は何も聞いていない。
でも人には皆忘れたいことや触れてほしくない場所があって、そこに近づくとヒリヒリするような、痛いような痒いような空気を感じ取る。
伊達にも小十郎にもそれがあったから、私はこの先も聞かないんだろう。
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