▼
伊達からは前に立っている手鞠の表情は見えない。
ただその、戦を駆けるには幾らか小さく思える背中があるだけだ。
それでも手鞠を正面から見つめる松永の口元はみるみる持ち上がり、この上なく嬉しそうな表情に変化していく。
その口元を、手で覆い隠すことさえする。
「卿のそのような目を見られるとは……いや、僥倖僥倖」
そう呟き、一歩近づいた。
手鞠を見る松永の目が、自分の刀を見つめる際のそれと全く同じであることに気づく。
「……卿はその刀が奪われる事が嫌なのだね」
「うん」
「…いやはや。早計な私は、卿の目に光が差してしまったのだと思ったよ」
ここにいるとはそういう事だ、と続ける。
「友を守る、とは…いやそれ自体は気高く立派で、欺瞞を孕むから好んではいるのだ……だが、よもや卿がそれをするのか、と…」
まじまじと、蒐集品の如く見つめるのは政宗ではなく、手鞠の姿でもない。
手鞠の目。
その一箇所だけを、食い入るように見つめ、更に口の端を釣り上げる。
手鞠が今どんな目つきで松永を見ているのか、気にならないわけではなかったが。
その背にいても尚感じられる、この凄まじい怒気に、体が動かなかったのも事実だ。
「しかし私は間違っていた。卿は私が思うよりも遥かに歪で、本能的で、穢れない。人の体に間借りしている獣のそれだ」
顎をゆるりとひとなでして、ようやく政宗へ顔を上げる。
「喜び給え独眼竜。卿の宝は見事にこれの本能に喰い込んだ。それを私が奪うのは、彼女の生命を一つ奪うことに等しい」
「……何、だと?」
「今回は手を引こう、と言っているのだ。いや、これが興味を持ち続けている間は、永久に」
音を立てて、松永が刀を鞘に戻した。
その姿が信頼に足るかと言われると疑わしかったが、今の状況は手鞠の後ろで刀を振り上げているに過ぎない。
当の手鞠は最初から槍さえ構えていないのだ。
そんな状況で一人刀を構え続けるほど、愚かではなかった。
「私は行くよ。卿もしばし、この国で健やかに過ごすと良い。また会える日が待ち遠しいな」
そのままいつも通りに後ろ手を組み、ゆったりと踵を返していった。
そんな松永を見送ってくるりとこちらを向いた手鞠の表情は、最早いつもの穏やかなものに戻っていた。
「帰ろう、伊達」
「……あいつはどうする」
「松ちゃんは多分、もう刀を狙いにこないよ」
なぜ分かるのか尋ねると、困ったような笑い方をして。
「似てるから。私は伊達の刀の音が大好きになったから、前に好きだった赤い硝子はいらなくなったの。だから伊達にあげた」
そう言って小さく息を吐く。
見慣れない表情故に察するのが遅くなったが、どうやら手鞠は何かを諦めたようだった。
「……松ちゃんも、新しい獲物を見つけたんだ。だからそれまで好きだった伊達の刀がいらなくなったんだよ」
新しい獲物、と聞いて、一体この短い時間でそんな物があっただろうかと考えて。
あっという間に思いついた。
「松ちゃんとは、友達でいたかったなあ」
これから追い回される未来が決まった彼女は、月夜を見上げながら他人事のようにそう呟いた。
prev / next