松永久秀 | ナノ


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男は相変わらずの格好で佇んでいる。
火種を弄びながら、まるで奥州へ物見遊山にやって来たような穏やかな面持ちで。
黒白の印象的な衣装は、手鞠の着ている黒い小袖と白い半股を連想させ、だから似た格好をしていると言われたのだとようやく合点がいく。



「……此度は随分と手際が良い。雑賀衆以上の者達を雇ったのかね」

「あんたには関係ねぇ。いい加減、あんたの退屈しのぎに付き合う気もなくなったんでな」

「おやそうか、それは寂しいな」

「ほざいてろ」



刀を抜けば、相手も同じように抜く。
そのまま走り寄り、両手の爪を交差するように切り上げても、松永は涼しい顔でそれをいなした。
この片手しか使わない男の刃が異様に重たく鋭く感じられるのは、一体何なのだろう。

今までの相手は、自分の思うように刀を振るえば、薙ぎ払えないものなど無かった。
しかしこの男が相手だと、ひと振りごとに自分の構えが正しいのか問いただされているような心地になり、切っ先の全てに力が行き届かない。

おもむろに松永が指を鳴らす。
普段であれば途端にどこかで爆発音が鳴り出すため目を見開いたが、しばらく経ってもそれはどこからも聞こえてこなかった。



「……おや、珍しい事もあるものだ」

「…………」

「ははは。この空気の流れでは風魔も使い物になっていないな。私の火薬場所を把握し、風魔にさえ対抗しうる人間など、私はそう多く存じ上げないが……卿?」



穏やかな微笑みで閉じられていた瞼が、ゆっくりと開かれる。
そこには全く光のない瞳がはまっていた。



「一体誰を誑かしたのかね?」



次の瞬間、組み合っていた刀とは別の方向から刃が襲った。
松永が天地刺ししているもう一つの刀だ。
間一髪で後ろに避けたが、その刀が自分の鎧を掠めたその一瞬に。

この体へ火薬が擦り付けられるのを見た。

声を上げるよりも早く、刀を懐に戻した松永が空いた左手を高く掲げ、その破壊の咆哮を聞こうと指を動かした。





「松ちゃん」





その一呼吸手前で、背後から声がした。
伊達にとっての背後、松永にとっての真正面から。
ぴたりと体を止めた松永の姿に、伊達も釣られて身を固くする。
後ろから小さな足音が近づいてきた。



「松ちゃん、やっぱり来たんだね」



その声色からはどんな感情も読み取れない。
先程まで大口を開けて談笑していたはずなのに、今ではもうそんな事も思い出せなかった。



「……やはり、卿がいたのか」

「そりゃあいるよ」

「卿が風魔を凌いだのはこれが初めてではないかね」

「そうだったかな」



確かに親しい口調だ。
松永は今や掲げていた手を下げ、親しげにこちらを見つめている。
いや、たった今自分の横を通り過ぎていった、この娘を。

手鞠は政宗を追い越し、丁度その目の前に立った。



「伊達の刀を取りに来たの?」

「それ以外に何がある?」

「この刀、伊達しか鳴らせないんだって。松ちゃんが持ってても仕方ないよ」

「それは私が決める事だ」



ううん、と小さな呟きが響く。
それを聞いた松永が、いや、それを呟いた手鞠の顔を見た松永の顔色が一変した。



「私が、決める事だよ」





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