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奥州の屋敷の屋根から見下ろす分には、松永軍もこじんまりとして見えた。
しかし、一度地上に降りて間近によれば、その数の多さがわかるだろう。
戦慣れしている三人全員がそれを理解した。
「敵さんのお出ましお出ましっと。豪華だねぇ」
「foo…相変わらず隙のねぇ陣構えだ」
「どうだい紫菊、伝説の忍びはいるかい?」
「んー…」
きょろきょろと辺りを見渡して、やがて離れた林の木々に目をつけた。
「あ、いるね。始まるまでああいう所で待機してるから」
「やっぱり居やがるのか」
「風魔は私行くよ」
「あ?アイツはかなりの腕だぜ、無理すんな」
「まーまーここは俺らに任して、独眼竜はどーんと構えてなよ!俺は伊達軍の男共と暴れてくっかな!」
「OK。慶次は進軍だな」
「おう!命取り合う戦はともかく、撤退させんのは大の十八番よ。ほい」
走り出す直前、慶次が手のひらを二人に向けて掲げた。
何か分からない顔の伊達をよそに、手鞠がすぐさまその手のひらを引っ叩いた良い音を鳴らす。
「お、high touchか!」
「そーそー」
伊達もこれでもかと言わんばかりの小気味よい音を立てて手のひらを弾かせる。
それを聞いてにかっと笑った慶次が巨大な槍を一振させ、そのまま下に駆けて行った。
「じゃあ私も行くね、伊達……伊達?どうした?」
「…ダチと戦うって良いもんだな…!」
微かに痺れる手のひらを見つめる伊達に、手鞠が大笑いした。
「はいはいどいたどいたぁ!花の慶次のお通りだよ!」
巨大な槍を紙同然に振り回しながらそこら中を駆け回る風来坊に、敵兵が塵のごとく吹き飛んでいった。
隊列が崩れたところに伊達の兵士が切り込むと、敵の状況は面白いほどに崩れる。
「アンタの協調性のなさ、オレと同levelだと思ってたが…こう言う使い方もあるんだな」
「でしょ?馬鹿と風来坊は使いようだよ!」
後はあんな使い方もある、と指さした方を見ると、風の忍びと手鞠がちょうど組み合っている所だった。
風魔の目で追えない早さの連弾を、手鞠は持ち前の動体視力と、槍を合わせた五本の手足で器用に弾いていた。
槍というのは刀よりも数倍急所を傷つけるのが早い。
風魔とて迂闊に手鞠の間合いに入らぬよう気をつけているようだった。
「…あいつ風魔とやりあえんのかよ…」
「紫菊は強いよー。それにあの速さが武器だ。すばしっこい敵相手なら大体どうにかしてくれる。まあ規格外にでかいものだと太刀打ち出来ないんだけどさ」
それは豊臣秀吉や徳川の右腕の事を言うのだろう。
それでも一般的な大きさの人間相手では、恐らく敵なしだ。
「アンタももうちょいあいつを頼ったら?俺なんてしょっちゅう孫市との仲裁に入ってもらうよ」
「そうするか…」
「というか、良く信用したねえ。紫菊はツルんでる奴も多いけど、敵もそれなりにいるよ」
「…アイツには一度、この刀を持たせた事がある」
それも六本まとめて。
初めて会った時、あれは見様見真似で両手に持って、とても無理だと笑った。
「俺を狙っている奴なら、そこでどうとでも出来ただろうよ。けどアイツはそうしなかった」
「……成程ね」
「理由なんざ一つありゃ十分、だろ?」
「アンタのそういう、男くさいとこ嫌いじゃないね!」
よっ、と巨大な槍をまた一振して、政宗の肩を強く叩いた。
「オレは東の固まりを散らしてくるよ。あんたはあんたの仕事を頑張んな!」
「……OKェ」
そのまま走り去る背中に小さく、しかしはっきりと返事をした。
目の前から決して視線を外さずに。
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