毛利元就 | ナノ


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日が登りきる前に始まった軍議は、滞りなく進んでいた。
織田が滅んだ後、戦乱の世と化した日の本では未だ戦が絶えない。
天下統一を目指し、血の気の多い武将達があちこちで領土を奪い合っているのだ。
そのための軍議なのでどの武将達も身が入っているが、皆視線はあらぬ方を泳いでいた。



「……元就様はなぜ気分が優れないのだ」

「…あまり寝ておらぬようだぞ」

「今日は下手な事を言えば即打ち首だな…」



本来であれば軍議を一つの無駄もなく進める元就が、今日は文机に肘をついて、心底不機嫌な顔をしていた。
長年この氷の瞳に動かされてきた武将であれば、すぐに分かるほどだ。
眉間の皺は深く、顔色は悪く、口は固く結ばれている。



「…元就様、議題は以上となりますが…」

「……ではさっさと仕事に戻れ」

「はい!」

「あ、此度も手鞠が一番槍で良いので……」



その言葉を聞いた瞬間に元就が凍てついた瞳で睨みつけたので、周りにいた部下達が発言者の口を一斉に塞いだ。



「……手鞠が、何だと?」

「なな何でもありません!失礼します!」



どたばたと男達が去っていった。
最後の足音が遠のいていくのを聞き、長く息を吐く。
睡眠の重要性を今更ながらに感じた。

いつの間にか、手鞠が戦の要になる場面が増えた。
元々掃いて捨てるほどの兵がいて、皆決められた動きをすれば良しとされるのが安芸の兵達だ。
その中で敵を恐れぬ無謀さを持っている人間は貴重で。



「……おい、手鞠」



開け放たれた障子の外に向かってぽつりと呟くと、普段よりも数秒遅れて本人が走ってきた。



「はーい」

「…どこで何をしていた」

「お屋敷の周り見回ってたよ」



聞けばそう答える。
重量があるであろう槍を変わらず背負い、呑気な顔で笑っていた。



「朝餉は食したのか」

「うーん…女中さんが凄い剣幕だったから逃げてきちゃった」



必ず手鞠に食事を与えるよう女中に命じているが、この人間はすばしっこいのでまだ成功していないようだ。しかしそれならばまだこちらにも考えがある。

それでも、あの長い夜だけはどうしようもなかった。
口に入れて噛めばやり過ごせる食事と違い、目を閉じて横になるだけでは成り立たない睡眠は、命じた所で効果が無い。



「もう三日目になるか」

「……うん?何?」

「……」



少しずつだが異変も見られる。
返事が少し遅くなり、ぼんやりするようになった。
三日も寝ていないにしては気丈なほどだか。
それでも、食べ物を体に取り込むのさえ体の熱量を使う。
もはやこの体には使えるだけの熱量など残っていないのはどう見ても明らかだ。



「今日は特別な事はするな。その体では録に動けぬであろう」

「はい」




ここで大丈夫だの、そんな事ないだのと言い出さない辺りからして、普段と違う。
それに気づき、手鞠が走り去ってから静かに舌打ちをしたのだった。






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