毛利元就 | ナノ


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豊臣と長宗我部の襲撃を受けてから、すでに三日が経過していた。

元就の元へ長宗我部元親が襲撃したという事実を知るはずのない兵や武将にとって、あの夜の出来事は他愛のない、普段と何も変わらない襲撃として終わっていた。
夜が明ければいつも通り後片付けをして、次の日の仕事に取り掛かる。
それが常だ。

この国の大将以外は。



人々が「御堂」と囃し、己では「蔵」と呼ぶこの建物の中で、一人文机に向かって頭を抱える。
この三日という時間のほとんどを費やしていたが、さっぱり答えが出なかったからだ。
手鞠の取った行動の意味が、いつまで経っても分からなかったからだ。



「長宗我部の奇襲で窮地に陥るなど、安芸を統べる毛利にあってはならぬ不覚…末代までの恥よ」



ぎり、と爪を噛み締めて、苦い思い出が頭に過ぎるのを阻もうとする。
思い出したくもない、消し去ってしまいたいほどの失態であり、自身の歴史の汚点とも言えた。
しかし。
それでも尚、「あれ」は戻ってきた。
自分の喉を突き刺すのではなく、元親の刃から庇うために。

それは約束と違えている。
安芸に相応しくないと判断した際、この身を手にかけることがあれと交わした条件だ。
「仕える」か「殺す」か。
その二択しか無いはずだった関係の中に、ぽんと知らない単語を投げ入れられたようで。

実に不快だった。





(主様、ご無事でしたか!)



手鞠と共に一揆勢の討伐へ向かわせた橋之助が戻ったのは、明くる日の正午に差し掛かった時だった。
あのような混乱のさなかで自分の大義を見失わず、一揆勢の生き残りを無事連行してきたのは評価すべき点だ。



(口を慎め。我が軍がかような奇襲程度で乱れるわけがなかろう)

(し、失礼致しました…それでは手鞠は間に合ったのですね…)



ぴくりと耳が動いた。



(……念のため聞くが、貴様らは二の山にいたのだな)

(ご命令通り、二の山を越えた麓にて一揆勢を打ち倒しました)



間違いない。
一の山を越えた先の山から、人の脚がたかだか半日で安芸に戻れるはずがないのだ。
たとえ人間性を失うまで、体中の呼吸器官を潰すまで走ったとしても。



(……どのような手段を講じた)

(……は、)

(あれは何を使ってこの安芸まで辿り着いたのかと聞いておる)



語気を強めて訊ねれば、男は唇を噛み締めた。
ほんの一瞬、言うか言わざるかの迷いが顔に浮かんだが、そんな事が許されないのは当人が一番知っている。



(……馬、です)





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