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今日も一つの戦が終わった。
今は何の音もなく、強い風があちこちに打ち捨てられた敵陣の旗を乱暴になびかせている。
死屍累々の中、まだ動ける者、じきに動かなくなっていく者、ただそこに座り込んでいる者。
そしてただ一人、ぼうっと元就を見ている者へ。
「……此度も生き残ったか」
見下すような、感心したような眼差しで見下ろし、ふんと軽く鼻を鳴らしてから。
「残った兵をかき集めて戻れ、よいな」
「あい」
返事を聞くか聞かずか、すぐに踵を返して来た道を戻っていった。
こちらもそれをしばらく見つめると、今日の夕餉に思いを馳せながら言われたとおりの仕事を始めた。
この所、戦が幾つも続いている。
それも回を増す事に苛烈になりつつある。
一番槍を務める事が多い自分にとっては、その時々の戦況がよく分かった。
それでも主である毛利元就の顔色が変わることはないし、戦の結果もまた同じで。
まるで上の人間達が使い捨ての駒同士で争っているような、そんな渦中に自分達はいるような、やるせない倦怠感が漂っていた。
しかし。
「もうすぐ夕餉の時間だね、橋之助」
「え?あ、ああ……」
「今日は何かなー、魚がいいな」
さして何も気にするでもなく、ぷらぷらと帰り道を歩き始めた。
明日はどこと戦って、何の役目になるのかな。
そんなことを考えながら。
――――――…
次の日は昨日の澱んだ雰囲気を全く残さない晴天だった。
その日光は屋根で寝ていた手鞠にもしっかり届いていたが、久しぶりの暖かさとまどろみについつい目を覚ますのを躊躇ってしまう。
ああそろそろ仕事を聞きにいかないとなあ、等と考えたり考えなかったりしているその顔にかかる日差しが、一瞬途切れた。
「起きぬか阿呆者」
「ぅえっ!」
どっすぅと腹部に強い衝撃を受けて両手足が弾かれたように伸びた。
胃からのせり上がりに耐えながら何事かと掴んだそれは、元就の足だった。
「元就様何で私踏んでるのぅ、え」
「貴様が虫けら故よ」
「…団子虫?」
「……蟻だ」
「蟻かぁ……」
ようやく足から解放され、当人がうめきながら腹部をさするのを待ちもせず、ぴしゃりと。
「日輪の下に無様な姿を晒すでない」
「……元就様、それ言うために踏んだの?」
「見れば分かるであろう」
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