毛利元就 | ナノ


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身分が低い者ほど戦が終われば暇になる。
それは手鞠にとっても同じ事。
手が空いている時はもっぱら馴染みの深い使用人の所で雑用をこなしていた。



「おう、今日は新しい船着場の柱を掘るよ」

「はーい」



一番好きなのは市右衛門という使用人の所で行う木彫りの装飾。
模様を見ているだけで飽きないし、力のいるこの作業はとても向いていた。


「毛利の家紋は丁寧に掘るんだ」

「丸と丸のあいだはどう掘るの」

「このノミを使いな、手は寝かせて動かせよ」

「こう?」

「そうそう」



毛利家の家紋は他国のそれと比べれば、とても分かりやすい。
一の字に黒点が三つという簡素な姿。
それは利点の一つでもある。
乾いた白い砂浜にも、自分の指さえあればすぐに書けるその家紋が手鞠は好きだった。

手鞠が市右衛門と出会ったのも、彼が自分の羽織にでかでかとその家紋を入れていたからだった。

元就の屋敷の隅には、家の手入れをする奉公人の居住区がある。
市右衛門は絡繰細工を作る職人であり、屋敷の屋根や装飾の手入れを担っていた。
息子は早くに亡くなり、置き土産である孫の橋之助を妻と共に育てた。



「おい、橋之助。うんうん唸ってるんじゃないよ」

「…しかしな爺様、俺も好きで唸ってるのではない」

「お前は唸ってばかりで進歩がねえのよ。見ろ手鞠を、もう1本完成させたぞ」

「どう、市右衛門」

「おう、立派なもんだよ」



市右衛門に頭を撫でられ、嬉しくてその木彫りを抱きしめた。
一方の橋之助は全く堀りが進まない。
元々職人の才能がなく、元就に駒として拾われたまま兵になった男なので、そこは本人も自覚している。



「…手鞠、今日は主様の姿を見かけたか?」

「元就様?ううん、見てない」

「そうだよなあ…」



橋之助がこうまで嘆息するのには理由があった。
昨日の戦で著しい隊列の乱れがあったのだ。
一番槍の手鞠を皮切りに、橋之助率いる前衛部隊、他の家臣が率いる後続部隊が一気呵成になだれ込む算段だった。

しかし後続部隊の指揮が取れず、突撃に遅れをとった後続と前衛の間が開きに開き。



「結局長くかかったんだよね、昨日の」

「ああ…本丸を攻め落とすのに二刻は使ったな」



無駄な動きと時間の浪費を何より嫌う主君の目に止まらぬはずもなく。
今朝から随分と長く説教と言う名の静かな罵声が本堂から響いていた。
指示通りに動いた自分と橋之助の兵以外の人数が正座をさせられている様子はなかなか圧巻だったと、こっそりのぞき見していた手鞠が思い出す。


「俺も人事ではない、お前に必死でついて行かねば出遅れていたからな」

「でも、それがどうかしたの?」

「なに、我々は確かに何のお咎めもないから楽なものだ。しかし主様かご立腹であると家臣の仕事が行き詰まる」



そう言って手元に持っていた巻物を広げて見せた。
ずいぶんと長い書簡。
軽く目で追うだけで、いくつもの訴状や申請が書かれているのが分かる。


「主様に目を通していただかなければならない物がずいぶん溜まってな」

「元就様良くとじこもるもんね」

「あの御堂はなあ…」



海辺に建てられた御堂。
風の通り道以外は何の飾りも無い質素な作りの伽藍堂。
入口は門で固く閉ざし、中からも内鍵を閉めるという徹底ぶりで元就は引きこもる。

そこに入られてしまえば、もうこの世の誰も言葉を交わすことは出来ない。



「……昔はなかったんだがね」



今まで人形の絡繰を細々といじっていた市右衛門がため息をついた。



「主様がある時、急に造られたのよ。
何がきっかけだったかは俺も忘れたが…それからほとんどあの御堂におられるようになって」

「ふぅん」

「……手鞠、悪いが主様をあの御堂から連れ出してはくれないか」


軽い気持ちで市右衛門の話を聞いていた手鞠がうんうんと頷きながら橋之助の方を向き。
え?と改めてもう一度橋之助を見た。



「私?」

「二度見するな、お前しかいない」

「えー…」



基本的に元就の意思を超えたくない手鞠にとっては、なるべく触れずにいたいのが心情だ。
御堂に篭っている時間も、元就にとっては有用な時間である。



「橋之助が頑張りなよ」

「俺は主様から折檻されて耐えられる体力は無いからな」

「それが本音か…」





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