毛利元就 | ナノ


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元就は日輪への供物が風に揺れる様を見ていた。
色とりどりの水菓子や干菓子の中に、埋まるように並べられた紅白の餅は、全て安芸の国のもち米で作られた物に取り替えてある。

この蔵を建てた時のことを、今でもはっきりと覚えている。
家臣の戸惑いも、それを歯牙にもかけずに建立した自分の意志の強さも。
ここまで全てを押し殺して執り行ってきたのだ、蔵の一つや二つ好きにさせろ。
この程度には思っていたかもしれない。

蔵の出来上がりには満足していた。
周りの人間は「御堂」と皮肉めいて呼んだが、それも最早どうでもいい。

誰も入れない。
何の声も届かない。
光が差すこともない。
自分の肉体と、日輪と、こなすべき仕事がある。
もうそれ以外に望むことは無い。

ふと、一陣の風が駆け抜けた。
屋敷のどこかに張られていたであろう飾り布が一枚、その風に搦め取られて舞い上がった。
晴天の空に、薄緑の布がはためく。
広大な空の中、切り取られたように存在するたった一点の薄緑が、まるで自分のように思えた。
それと同時に、ひらひらと踊りながら遠くへ流されていく様が、なぜか。



「……手鞠」



あの生き物のようだった。
空に混ざらず、海に混ざれず。
どこにでも行ける足と、力を持ちながら、たったこれだけの風に流されていく。
一枚の布のまま、何になることも出来ずに。

宙に舞った布から視線を下ろすと、目の前に手鞠が立っていた。
変わらない笑顔のまま、髪が潮風になびいている。
今の呟きのような呼び方でさえこうして必ず駆けつけるのだから、全く鋭い五感だ。

遠くから笛の音が聞こえる。
それは別の国から響いてくるのかと思うほどかすかで、儚い。



「元就様、呼んだ?」



手鞠の問いには答えない。
その代わり、目から下にかけていた黄色い面紗を外した。
今日は日輪祭の祭祀たる装束を着ていたので鎧や兜は身につけておらず、そのためにゆとりのある懐から一つの鍵を取りだした。



「……何処の鍵か分かるか」



思いがけない問いに、手鞠が目を何度か瞬かせた。
その手元の鍵を見るため、数歩元就に近づく。
白く細い指先を伴った手のひらの上でまみえたそれは、中指ほどの長さがあった。




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