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「何だ、この餅は…」
もう一つ口に入れるのを押しとどめ、その風貌を今一度確認する。
見た目は特に変わりない餅だ。
しかしその味が明らかに自国の餅とは違いすぎている。
しかしこのように感じているのは自分だけかも知れないと、隣の手鞠へ視線を向けて確認すると。
「おい…しい…!」
口元を抑えて小刻みに震えていた。
ああ間違いではないな、と冷静に受け止めた。
手鞠は目を固くつむりながらしばらく全身で美味さを表現していたので、後頭部を引っ叩くと元に戻った。
「元就様、これすっごく美味しいよ!」
「…しかしこれは安芸の味ではないな」
「でももち米は女中さんが蒸して持ってきてくれたんだよ。ねえ市右衛門」
「ん?ああ」
下がって控えていたので反応が遅れたが、市右衛門も会話についてくる。
「間違いないよ、ただ女中が空になったもち米の袋を置いていったね。立派な袋だから捨てない方がいいんじゃないかと」
「……何?」
安芸に出回っているもち米は全て麻袋に入れて保管されている。
しかし今しがた市右衛門が懐から取り出したのは、まるで贈り物に使われるような上等な織物だった。
日を浴びて織り込まれた金糸が煌めくその布地は、見覚えのある紫色をしていた。
それを見た手鞠が小さく声を上げる。
「……それは我が国のもち米では無い」
「何ですって…?そりゃ大変だ。至急経緯を調べましょう」
「爺様、俺、飯炊き場に蒸されたのが残ってないか見てくるよ」
「嗚呼。手鞠、若様の身体に何かあったらすぐに知らせな」
「うん」
すぐ様やるべき事を見出して駆けていく二人の背中を見送る。
こんな風に動けるようにならなければいけないのか、と感嘆していたが、こちらもすぐに言われた事を思い出した。
「元就様、体は大丈夫?苦しくない?」
「ふん、毒でも入っていれば先に食した貴様が倒れよう」
「あ、そっか」
それなら大丈夫だ、と何の根拠もない自信をもって頷く。
市右衛門が置いていったもち米の空き袋を拾い上げて元就へ手渡した。
「…安芸の織物ではないな」
「これ、長宗我部の国のだよ」
実にあっさりと手鞠が述べたので、ついそちらへ視線を向けてしまう。
「前に長宗我部の目を取りに言った時、もち米をくれたから見逃したんだ。確かその時の袋がこれだったと思う」
「嗚呼、貴様が貴重な餅を食い尽くした所業の時か」
「ぐう」
それは覚えている。
命が惜しければ長宗我部の残りの目玉を取ってこいと言ったにも関わらず、手鞠が見逃してきた時のことだ。
意気揚々ともち米を持って戻ってきた当人を輪刀で殴り、「かような国の餅など食えるか」と叱った。
そしてそれは人気の無い物置へ放り込ませたはず。
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