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明日に控えた日輪祭は、夏至と冬至の年に二回行う大きな儀式だ。
日頃から大きな恵みを与えて下さる日輪に供物を捧げ、今後も信仰を続けていく証としての祈祷を行う。
下々の人間が役割を持って進めているので今が一番騒がしい。
元就自身も準備が滞りなく進んでいるか、視察がてら見て歩かなければならない。
そんな折に。
「橋之助は手を出すのが遅いよ」
「お前が早すぎるんだ、少しはこちらの速さに合わせろ」
「でも私は橋之助の手をついた事ないし」
「俺が紙一重でかわしているんだ!爺様、何か言ってくれ!」
「少しは息を合わせろお前ら」
面倒くさい風景を見つけた。
以前に手鞠と梨を食べた海岸の外れで、背丈も性別もバラバラな三人がやかましく騒いでいる。
手鞠、橋之助、市右衛門は日輪祭の供物である紅白餅を用意する役割だ。
どこで用意しても良いとは言ったが、まさかこんな場所で行っているとは。
見なかった振りをしてその場を立ち去ろうとしたが。
「あ、元就様ー!おーい!」
元気いっぱいの当人に見つかる。
聞こえなかった振りをして更にその場を立ち去ろうとしたが。
「つきたてのお餅出来たよー!味見してー!」
盛大に舌打ちをしながら結局は振り返るのだった。
やいのやいのと言いながらも、すでに仕事は終えていたらしい。
市右衛門の前には立派な紅白の平餅が三つずつ作られていた。
それでも余った餅を手頃な大きさに丸め、粉まではたいているのだから本当に用意が良い。
「出来たか」
「うん。あとこれ、残りのお餅」
「……餡子がないが」
「取ってくる!」
ばびゅん、と凄まじい速さで駆け出していき、餡子に加えてきな粉と醤油と味噌を取って帰ってきた。
そうしてそれぞれの皿にうきうきと調味料を盛り付けている手鞠とは正反対に、橋之助と市右衛門は元就の後ろに下がって座る。
これが由緒正しい元就との距離感であるのに、目の前で餅を取り分けているこの生き物は何なのだろうと見つめたが。
余りにも今更すぎるか、と可笑しな納得をしてしまう。
「はい、これ元就様の分!」
「元より我のぞ。そして何故貴様の分も…」
「おいひい!」
「聞け」
ガンガンその頭を輪刀で殴るも、幸せそうな顔のまま全く咀嚼をやめない。
しかし手鞠が先に口を付けたので、迷いなく自分も食べ始められたのも事実だ。
餅に罪はないと言い聞かせながら綺麗に丸まったそれを口に運ぶ。
その瞬間。
確かに思考は止まった。
「…………な、に…?」
口の中をもち米特有の香ばしい香りが駆け抜けていく。
餡子の豆の香りにも決して劣らず、それどころか一体となり更に一層お互いの香りが引き立てているような。
そして餅は十分につかれているのに、柔らかさの中に小気味よく噛みきれる弾力がある。
掛け値なしに、美味いと言えた。
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